「ココでのはなし」の山本奈衣瑠

「ココでのはなし」の山本奈衣瑠鈴木隆撮影

2024.11.13

山本奈衣瑠にブレークの予感 世界を魅了する〝等身大の日本人〟「ココでのはなし」

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鈴木隆

鈴木隆

「ココでのはなし」で主演した山本奈衣瑠は2024年、「SUPER HAPPY FOREVER」などメインキャストとして出演した作品が4本も公開される。モデル出身でフリーマガジンの編集長も務め、今泉力哉監督の「猫は逃げた」(22年)で俳優として映画デビュー。「ココでのはなし」は世界14大映画祭の一つ、ワルシャワ国際映画祭など10以上の海外映画祭に出品され、受賞もしてきた。ブレークを予感させる注目株。こささりょうま監督は、山本を「親しみやすさとカリスマ性は、世界の人に伝わる」と絶賛した。



コロナ禍、ゲストハウス、人とのつながり

「ココでのはなし」は、こささりょうま監督のデビュー作。こささ監督は、コロナ禍の緊急事態宣言が出ていたさなか、外出できず「自分は何もしていない」とふさぎ込んでいたある日、「『何もできていない』は『何もしていないわけじゃない』」という言葉に出合った。「同じように感じていた人たちと、肩を組める映画を作りたい」と思ったのがこの作品が生まれたきっかけだ。「東京に来て夢を追うことができず、鍋を真ん中に置いて離れて話す映像が浮かんだ。友人や仲間との距離感を、ゲストハウスを舞台に描けないか」。バックパッカーの経験があり、初対面の人と一晩で仲良くなる、ゲストハウスの文化を熟知していた。

物語の舞台は2021年、東京オリンピック開催直後のゲストハウス「ココ」。コロナ禍で客足が戻らない中、住み込みアルバイトの詩子は、元旅人でオーナーの博文、SNSにはまる泉さんとで宿泊客を迎えていた。やってくるのは、パラリンピックのボランティアで知り合った障害者から引っ越しの手伝いを頼まれたフリーターの湯島存、アニメ好きの友人が働く不動産会社への就職を決め、引っ越しの内見で上京した中国人のワン・シャオルーら。詩子自身も母を亡くし、過疎地域での父との暮らしから逃げ出してきた。悩みを抱えた若者たちの物語がつづられていく。


「ココでのはなし」©︎2023 BPPS Inc.

真っ先に浮かんだ〝愛すべき日本人〟

主演に、と望んだのが山本奈衣瑠だった。こささ監督は「日本人として等身大に生きている山本さんが真っ先に浮かんだ」と明かす。「世界から日本人がどう見えているか。山田洋次監督の映画に登場するような愛すべき日本人として、詩子のキャラクターを思いついた。山本さんの視線の送り方とかコミュニケーションの取り方がぴったりだったし、一番好きだったのは声」と魅力を列挙した。

「海外の映画祭を視野に入れていた」というこささ監督は、ゲストハウスは世界中に浸透し親和性が高いと感じ、山本にも可能性を見いだす。「日本人にとっても接しやすく、親しみやすい雰囲気があって、一方でカリスマ的な存在でもある。外国人からも等しくそう見られるだろうとずっと思ってきた」

横で聞いていた山本は少し照れくさそう。「意識していないこと、自覚がなかったものをほめてもらって、うれしい。役者の仕事はまだ分からないことばかりだが、自分が生きてきた過去を肯定してもらったような感覚」と目を見開いて話した。


「おなかすいたね」が最高の感想

映画は、会話の間やテンポなど全体にゆるい。人生の休憩場所、疲れた人たちの心を解きほぐそうというトーンで一貫している。こささ監督は「見る上でプレッシャーを感じてほしくなかった。映画を見るには体力がいる。説教されている感じで見るのがつらいと感じる人もいる。そうした人に最大限の配慮をしたくて、リラックスできる映画にしたつもり」とスタンスが明快だ。

「ココ」の朝食は、オーナーや詩子が握るおむすびだ。実際におむすびを出すゲストハウスが、結構あるという。「おむすびの文化やサービスがいとおしかった。〝おにぎり〟ではなく〝おむすび〟。縁を結ぶものを自らの手で握り、食して、縁が紡がれていく。ゲストハウスのコミュニケーションにふさわしい」とほほ笑んだ。「僕にとって一番うれしい感想は『何か、おなかすいたね』。その言葉がコミュニケーションにつながって、どのキャラクターが好きとか、会話してくれたら」


詩子は私 丁寧に演じた

一方、山本は「詩子は私だった」と言う。「彼女が抱えている状況を、なるべく背負おうとした。(詩子の)家族や彼女自身を私のこととして、リスペクトを持って、失礼のないように演じることを意識した。詩子はなぜ地元がつらいか、父との関係はなぜこうなったか、映画で描かれる前の部分のことが重要だ。時間をかけて考えていると、自分がだんだん混ざり合っていく。同じような境遇の方がいるはずだから、丁寧に演じないといけない。詩子として、傷つき苦しむようにした」

山本の演技は、役のキャラクターが前面に出るというより、そのキャラクターが彼女自身に浸透している。「私は器用でも技術があるわけでもなく、全身で同じ人間になった方が、演じやすい。自分の体から出ているもの、記憶、体験だから切り離せない」。「妙な存在感」と形容されるが、こうしたスタンス、役への接し方があるからだろう。

演じるうえで、何を大切に考えているか。「経験値が浅いので変わるかもしれない」と言いつつ、「どんな役を演じるか以前に、自分自身が普段どう生活するかが大切。私の体を通していろんなことが始まり、観客も役を理解してくれる。1人の人間として豊かであることが一番だ。それがあってこそ、演じた時に楽しめる。大事にしているのは、楽しく生きること」とさわやかな笑顔で応えた。

うなずきながら聞いていたこささ監督も「共感できる。企画や脚本、演出に、生き方は絶対に出る。例えば、『ありがとう』というセリフ一つでも、感じ方や表現が変わる。言葉に出すのか、目線で示すのか。丁寧に生きた先には丁寧に作られた映画がある」と話した。

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

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