イ・ジョンジェ=内藤絵美撮影

イ・ジョンジェ=内藤絵美撮影

2023.9.25

「イカゲーム」のイ・ジョンジェ 初監督したのは「有名監督全員が断った」問題作

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勝田友巳

勝田友巳

監督業に進出する俳優は世界に数あれど、その第1作がスパイアクション大作とは。「ハント」で脚本、監督に主演も兼ねたイ・ジョンジェ。1980年代の大統領暗殺未遂事件を下敷きにした政治スリラーで、多くの監督が断念したまぼろしの企画を「誰もできないなら自分で」と、4年をかけて実現。盟友・チョン・ウソンとの久々共演など、完成への長い道のりを語ってくれた。
 
プロットを手にした時は、主演だけのはずだった。開発する脚本家や監督を探し「韓国の有能な監督には全員に声をかけた」という。「全員」はちょっと大げさにしても「8人くらいは候補がいましたが、みんなに断られました」と振り返った。「半年近くシナリオ書き直そうとして断念した人がいたし、悩んだ末に諦めた人もいた。完成させるのは難しいとみなに言われたんです」。それなら自分で、と奮起した。

 

80年代韓国安企部 北のスパイをあぶり出せ

韓国安全企画部で海外事案を担当するパク(イ・ジョンジェ)と国内担当のキム(チョン・ウソン)は因縁の間柄だ。安企部内には北朝鮮のスパイ〝トンニム〟が暗躍し、情報漏出で作戦失敗が相次ぐ。組織を挙げてのトンニム狩りの中で、パクとキムが互いをスパイと指弾し合ううちに、北朝鮮による大統領暗殺計画が浮上する――。トンニムの正体、暗殺計画阻止と、物語は二転三転。まさに手に汗握る政治スリラーだ。
 
80年代の韓国は、クーデターで政権を掌握した全斗煥が光州事件を主導するなど民主化運動を弾圧、大統領に就任して強権政治を行った一方、経済的には発展した激動期だ。映画は83年にミャンマーで起きた、北朝鮮による大統領暗殺未遂事件が下敷きになっている。自身は72年生まれ。
 
「当時の人たちの心情を知るのに、多くの事件や事故を調べました。立場によって捉え方も変わるので、両方の観点を知るためにたくさんの本や資料を読み込みました」と語る。「新しき世界」「暗殺」「ただ悪より救いたまえ」など、スパイもの、アクションものには数多く出演してきたが、作る側に回ると勝手が違う。「脚本を書くのは大変でした。スパイものの面白さはサスペンス。秘密を隠しながら、いいタイミングで上手に明かしていく。緻密に計算されたストーリーを書くのは難しかった」


「ハント」©2022 MEGABOXJOONGANG PLUS M, ARTIST STUDIO & SANAI PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

40年前の東京を韓国に再現

時代劇というほど古くない〝近過去〟が舞台の映画は、多くの人の記憶に残っている一方で変化も激しく、製作は苦労が多い。「80年代の風景を再現するのが難しかったです。韓国にも当時の街並みはほとんど残っていないし、小道具もない。美術部が作り海外から取り寄せたものもあった」

物語は東京でも展開する。脱北を希望する原子力科学者が学会で訪日するのを待ち構え、北朝鮮側の護衛をかいくぐって保護する作戦だ。計画は北朝鮮に知られて失敗、街頭で激しい銃撃戦となる。当初日本での撮影を予定していたが、コロナ禍で断念。やむなくプサンにセットを建てた。「韓国の80年代だって大変なのに、韓国で東京の80年代を再現して、そこでカーアクションと銃撃戦も撮影したのですから、苦労しました」



 

娯楽の底に骨太テーマ「正しい信念とは何か」

その苦労は実って、韓国でヒット。初監督とは思えない完成度だった。「面白く見てもらえたら、よかった」とにこやかに。しかしそこに、現代に向けたメッセージがある。「真実、正義、正しい信念とは何かということ」。映画では、人民の幸福という究極の目標を持った2人が南北に分かれ、政治イデオロギーの中で違う道を進もうとする。「現代はフェイクニュースが横行し、ともすれば不健全な思想を植え付けようとする。あふれる情報の中で汚染されず、いかに正しい信念を持って他者と幸せに過ごすべきかを考えてほしかった」
 
安企部のライバルを演じたチョン・ウソンとの共演は「太陽はない」(1999年)以来だが、公私にわたって近しい間柄だ。年齢の近い俳優仲間であり芸能プロを共同経営するパートナーであり、同じマンションに住むご近所さん。24年にもわたる交流があってもチョンデンマル(敬語)で話す。「複雑な関係ですね。チョンデンマルを使うのは、互いを思いやり尊重するのに大事なことだと思うから」


新作脚本も執筆中

では監督イ・ジョンジェから見た俳優チョン・ウソンは?と聞いたら「もっとも真実味を持った演技ができる俳優だと思います」と手放しの絶賛。では俳優イ・ジョンジェは? 「うーん」と長くうなった後で「残念な俳優です」と苦笑い。「自分に対しては、どうしても点数が低くなってしまいますよ」

Netflixのドラマ「イカゲーム」で世界的知名度を得て、ディズニープラスの「スター・ウォーズ」シリーズの新作にも出演が決定。「イカゲーム2」も撮影中と大忙し。「どう受け止めていいか分からない状況でした」とつつましく。「自分自身では、大きな抱負や欲はありません。私のことを必要とする企画や脚本を待って、自分が努力することでより良い作品を作ることが小さな願いです」。では監督業は? 「うーん、否定はしません。実は今も脚本を書いているんです。いつ実現するか、分かりませんけどね」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン

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