「ジョン・レノン 失われた週末」 現在のメイ・パン=本人提供

「ジョン・レノン 失われた週末」 現在のメイ・パン=本人提供

2024.5.21

ジョン・レノンとの不倫「ヨーコに命じられた」メイ・パンが語る「失われた週末」

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井上知大

井上知大

ビートルズの元メンバー、ジョン・レノンと妻のオノ・ヨーコ。「愛と平和」を歌う世界一有名な夫婦には一時期、妻公認の愛人がいた――。「ジョン・レノン 失われた週末」は、今から50年前、ジョンと不倫関係になった中国系アメリカ人女性、メイ・パンの物語だ。それも、ヨーコが、「あてがった」と言ってもいい形で。オンラインインタビューに応じたメイは、ジョンと過ごした時期を「ジョンを自由にし、彼自身でいられるようにした」と振り返り、当時険悪だったポール・マッカートニーとの雪解けの瞬間に居合わせた際の様子などを語った。


ジョンが私を追いかけてきた

タイトルを聞いて、ビリー・ワイルダー監督の名作「失われた週末」(1945年)を思い出した人もいるかもしれない。同作でレイ・ミランドが演じたアルコール依存症の作家のごとく、70年代のジョン・レノンも一時期、酒やドラッグに溺れた日々を送っていた。ファンの間では、この頃のジョンについて、メイとの不倫を含めてネガティブな文脈で語られがちだった。ところが今作では、ジョンとメイが暮らした約1年半の充実した音楽活動や、80年に亡くなるジョンにとってどんな意味があったかなどの見方を提示する。メイの視点に立ったドキュメンタリーだ。

「ヨーコに言われて(ジョンと)付き合うことになったが、私は当時、他のボーイフレンドを探すつもりだった。でも、ジョンが私を追いかけてきました」。インタビューでメイはこんなふうに話した。映画では冒頭、中国系移民2世としてニューヨークのスパニッシュハーレムで育ったメイの生い立ちや、ジョンとヨーコの個人秘書になるまでのいきさつを紹介。その後、ジョンとの夫婦関係に悩んでいたヨーコが、メイとジョンの交際を提案するところから、物語が大きく動き出す。


「ジョン・レノン 失われた週末」© 2021 Lost Weekend, LLC All Rights Reserved

2週間も続けばいい

ジョンは、ビートルズのデビュー前から交際、結婚していた最初の妻シンシアと69年に離婚し、前衛芸術家の日本人、オノ・ヨーコと結婚。しばらくして拠点をイギリスからニューヨークへと移す。ヨーコと共にベトナム反戦運動の象徴的存在となっていったが、米ニクソン政権からにらまれ、米連邦捜査局(FBI)に監視される日が続いていた。70年に解散状態となっていたビートルズのことやソロアルバムが不評だったことなど、当時のジョンは大きなストレスを抱え、夫婦関係にも摩擦が生じ私生活は荒れ始める。

メイにとって雇い主でもあるヨーコからの「夫の不倫相手になれ」という奇想天外な〝命令〟。当然、困惑するが、やがて2人は、ヨーコの想像を超えて本気になっていく。メイは「ヨーコは、私たちがせいぜい2週間も続けばいいと思っていたみたい。他の人にも、そう語っていたと後になって聞きました」と語った。


ポール・マッカートニーとの和解の瞬間

73年秋、ジョンとメイは、ヨーコがいないロサンゼルスへ旅立つ。「その頃は渡り鳥のように暮らしました。一つの場所に定住せず、最初は知り合いの弁護士、次は音楽プロデューサーなど(ツテをたどって)、知人宅に居候していました。途中、ホテル暮らしもして、(映画に登場する)ビーチハウスにたどり着きました」

この時期、ジョンの元を多くのミュージシャンが訪れた。自身の作品だけでなく、友人の作品をプロデュースしたり、幼い頃から慣れ親しんだオールディーズソングのカバーアルバム「ロックンロール」(75年発表)を制作したりと、多様な作品を作った。映画には、エルトン・ジョン、デビッド・ボウイ、ハリー・ニルソン、ミック・ジャガー、リンゴ・スターらそうそうたる顔ぶれのミュージシャンたちとの交流が語られ、当時の写真や音源もふんだんに使われている。

特にポール・マッカートニーとの和解の様子は見逃せない。ビートルズの解散から数年、楽曲の歌詞で互いを皮肉り合うなど2人は険悪だった。しかし映画では、ロサンゼルスでレコーディングをしていたジョンの元を訪れた時の話が登場。まるで昨日も会っていたかのような雰囲気で言葉を交わし、セッションをする様子が描かれる。


ジュリアンとの再会にも一役

インタビューでメイは、映画に出てこない別のエピソードを紹介した。「ある日の夜、ポールが妻リンダと共にニューヨークのアパートを訪ねてきたことがあった」。ジョンとメイはロサンゼルスで過ごすことが多かったこの時期だが、仕事などの都合でニューヨークに戻ることもあったという。「私たちがニューヨークに来ていることなんて誰にも言っていなかったから驚きました。部屋のブザーが鳴って出ると、ポールだったのです」。中へ上がってもらい、談笑しながら赤ワインを飲むことに。「ポールが、真新しいうちの白いカーペットの上にワインをこぼしちゃって。ジョンは『気にするな』って感じだったけど、私は『ちょっと勘弁して』って思いました」と笑った。

映画では、ジョンと最初の妻シンシアとの間に生まれた長男ジュリアンが登場する。離婚後、なかなかジョンと交流できない日が続いたが、そんな状況を変え、父子の再会に一役買ったのがメイだった。「10歳くらいの少年が片親にずっと会えないなんてとてもつらいこと。だから、ヨーコの元を離れて、ようやく再会を果たせる状況になった。なんとかしなくてはと私が彼らをつなぎました」。ジョンは、80年に射殺され帰らぬ人となった。一時的ではあるが、父と親密な時間を過ごすことができたことは、ジュリアンにとって人間形成にも大きな影響を与えた。


イメージ更新し続けるビートルズ

ビートルズを巡っては近年、2021年にディズニー+で配信開始された「ザ・ビートルズ: Get Back」や、今月配信が始まった「ザ・ビートルズ: Let It Be」など、長年の見方を覆す作品が次々と公開されている。両作は共に69年にビートルズが行ったセッションの様子と、結果的にメンバー4人による最後のライブとなる「ルーフトップ・コンサート」を記録したものだ。

元々は70年に映画「Let It Be」として公開されたが、バンドは同年に事実上、解散。メンバー間の険悪な雰囲気や、当時の暗いトーンの映像として人々の記憶として残っていた。「ザ・ビートルズ: Get Back」では、最新技術を駆使して映像や音を修復し、未使用フィルムを大幅に追加、編集も一新。約8時間の長時間ドキュメンタリーは、従来のイメージを大きく変えるようなメンバーのやりとりも明らかにし、多くの驚きの声が上がった。「ジョン・レノン 失われた週末」も、これまで語られてきたビートルズやジョン・レノン観を更新する貴重な映像作品になりそうだ。

ライター
井上知大

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いのうえ・ともひろ 毎日新聞学芸部記者

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