「青春」について語るワン・ビン監督=幾島健太郎撮影

「青春」について語るワン・ビン監督=幾島健太郎撮影

2024.4.20

超絶ミシン技巧、恋バナ、そしてお金 ワン・ビン監督が撮った中国縫製工場の「青春」

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勝田友巳

勝田友巳

中国の知られざる姿を、ドキュメンタリーに撮り続けるワン・ビン監督。「青春」で写し取ったのは、縫製工場で働く若者たちだ。1日中ミシンを操って超高速で衣服を縫い上げ、その合間に恋をしケンカし、前借りをせびり賃上げ交渉もする。2600時間もの映像素材から現代中国の青春を切り取って、「彼らの声を届けたい」と語るのだった。


織里で働く労働者 真実の姿

「鉄西区」「三姉妹 雲南の子」「死霊魂」など、発展の陰になった中国の姿を記録してきた。「青春」で目を向けたのは、浙江省湖州市の織里。2万とも言われる子供服の縫製工場が建ち並び、地方から出てきた若者たちが、寮で集団生活しながら朝から晩まで服を縫う。ワン・ビン監督は織里を知って興味を持ち、働く若者たちの生活に入り込んだ。

「労働者に思い入れがあったわけではなかったけれど、今の中国はこの階層の人がたくさんいる。仕事を求める人々が、農村から長江デルタや北京などの大都市に出稼ぎに来る。建設業や小売業など職種は違っても、社会的地位や階級的性質は共通している」。知人のツテを頼りに織里に拠点を築き2014~15年に撮影に通った。コロナ禍で足踏みしたものの、ようやく完成させた。

小工場が集まる織里は、中央政府の目が届かず独自の経済体系を成り立たせているという。若者たちは、おしゃべりしながら驚異的な速さで服を縫い上げていく。映画のほとんどは、そうした作業の場面だ。「普通、ドキュメンタリー作家は単調な繰り返しを望まないだろう。観客が退屈するかもしれない。仕事、仕事、仕事という映像なので、編集もある意味困った。でも、ドキュメンタリーは記録。物語性を持たせた方が面白くなるのだろうが、完成した作品が、彼らの真実の生活と釣り合っていなければならなかった。余計な物語を作って映画にするのは違うと思う」

織里での生活は、午前8時から午前11時まで働いて、1時間昼食休憩を取って午後5時まで働く。それから夕食休憩1時間のあと、午後11時まで働いて、夜食を食べて寝る。土曜か日曜だけは午後5時で仕事が終わり、休みはその1晩だけ――。「縫う場面が続くのは、実際それ以外の時間がないから。彼らはほとんどの時間を仕事に費やしている。これでも映画ではかなり圧縮した」


「青春」© 2023 Gladys Glover - House on Fire - CS Production - ARTE France Cinéma - Les Films Fauves - Volya Films – WANG bing

楽しみ見つけ 家族養い

労働漬けの生活でも、若者たちに〝苦役〟といった雰囲気はない。「彼らの生活や仕事が大変だ、という観点はなかった。無味乾燥で単調な生活をしていても、20歳前後の若者たちは意識的に楽しみを見つけようとしている。工場で働く間に大きな音で流行のラブソングを流しているのは、リズムに乗れるから仕事も進むためだし、単調さをまぎらわすためでもある」「そもそも生活を支える仕事があることが慰めだ。基本的に、働くほどお金が入るから一生懸命だし、半年に1回給料が出て家族を養える。それが彼らにとって、一つの願いなのだ」

1着あたり単価の値上げ交渉に臨むものの、工場主を怒らせて意気消沈したり、給料を現金の札束で受け取ったりといった赤裸々な姿も興味深い。「彼らの給料は何枚縫ったかの歩合制。お金のために働き、多くないにしても賃金をもらい犠牲が報われて満足できる。給料をもらったり賃上げ交渉したりする場面を入れたのは、彼らにとってそれがすごく大切なことで、それこそが希望であり目的であるからだ」

カメラは工場で仕事する若者たちのすぐそばにあり、寮の室内にも着いて行く。仕事中の悪ふざけが殴り合いのケンカにいたり、恋人たちは愛を語り合い、町に繰り出してナンパする。「工場は狭いし、ミシンが並んでいて動き回れない。しかたなくカメラを置いた結果、被写体と近づいた。カメラの近さが彼らのストレスとならないかと心配で、最初は手探りだった」。通い詰めるうちにカメラに慣れ、気にしなくなった。

「被写体がカメラに干渉されず、自由に振る舞えるようにすることは、これまでも大事にしてきた。ただ今回は2600時間分もの素材を撮って、さすがに疲れた。それでもこの長い時間をかけることで、彼らの生活の単調さに、偶然や未知の要素が入り込むことを意図した。こういう物語を語りたいとか、長時間の撮影はしたくないといった撮る側の状況に左右されてはいけない。仕事の量が増えても疲れても、できるかぎり自然で真実の、リラックスした映像を撮りたいと思っている」


彼らが〝周縁〟なら、〝主流〟はどこに?

ワン監督の目に、彼らはどう映ったのだろう。「中国は市場経済の段階に入った。経済的にも身体的にも自由になったとはいえ、社会システムの中でのそれは形骸的で、彼らの生活は制約を受けている。撮影中に出会った若者たちは、こんな仕事はしたくない、服飾デザインを学びたい、クリエーティブな仕事をしたいと言っていたが、数年たつとまたミシンの前で同じ仕事をしていた」

「撮りたいと思うものを撮るだけ」というワン監督のカメラは、常に低い位置にある。「社会はこの階級の人々で占められている。それなのに彼らの居場所はなく、彼らの声は聞こえない。自分が代弁したいとも思わないし、その資格もないけれど、彼らを可視化したい。ほかの人々に、彼らの姿が私の映画を通して見えるようにしたいという思いがあった。私の映画は周縁の人々を撮っているとよく言われるけれど、農村から出て働く人は数億人もいる。それが周縁というなら、いったい主流はどこにいるんでしょう」

3時間半に及ぶ本作だが、まだ第1部。全3部作、9時間に及ぶ大長編になる予定だ。「『青春』というタイトルは気恥ずかしかったが、登場人物は若いし、希望があるかどうかはともかく、努力している姿がふさわしい。それに中国では、いまだにこの言葉から革命のロマン主義を感じる人が多いしね」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

幾島健太郎

毎日新聞写真部カメラマン

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