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2024.5.27
神秘的なアイルランドが舞台、未解決失踪事件を追う3人を描いたスモールタウンミステリー「ボドキン」:オンラインの森
舞台はアイルランドののどかな田舎町、ボドキン。シカゴからやってきた悩めるポッドキャスター、ギルバート。ロンドンから追い出されたワケアリの新聞記者、ダブ。ダブと同じ新聞社のリサーチャーで、記者志望のエミー。彼ら3人から成る即席チームが25年前の未解決失踪事件を調査し始める。すると、平和そうに見えた田舎町に隠された秘密が次第に明らかになっていき……。
5月9日に全7話が配信されたNetflixシリーズ「ボドキン」は、古今東西であまた作られてきた人気ジャンル、人間関係が緊密な田舎町を舞台にしたミステリーだ。ギルバートは、自分がこの地にやってきた理由についてこう説明する。「犯罪実録、田舎町、アイルランド。どれも人気だ」。筆者がこの作品にひかれた理由を見透かされたようで、ドキリとした。
数十年前、「死者の祭り」の夜に何が起きたのか?
「妖精の国」ともいわれるアイルランドは、独特の神秘性をまとっている。そこで25年前の10月31日、「死者の祭り」(サーウィン祭り=ハロウィーン)の夜に、互いに関係性のない3人が失踪する事件が発生した。いまだ発見されていないとなれば、日本でいうところの天狗(てんぐ)伝説のようなオカルトの匂いがしてワクワクする。しかも25年ぶりにその祭りが執り行われるとなると「舞台は整った」というヤツだ。
そこでホラーに仕上げることも可能だが、本作はノワールな映像のミステリーコメディーとして仕立てられている。ダブの強烈なキャラクターと暴走に、常識人の中年男性ギルバートと若いエミーが振り回される一方で、ボドキンの住民たちのリズムや言動、常識に、3人が困惑するという笑いもある。
そもそもギルバートはこのボドキンに、リスナーが聞いて楽しい気持ちになるような「物語」を作るためにやってきた。過去の事件について住民たちに語ってもらい、それらを素材に面白い犯罪ドキュメンタリーを届けたい。どちらかというと「作家」思考のギルバートに対し、ダブは生粋の「ジャーナリスト」である。彼女は物語には興味がない。知りたいのは「事実」だけだ。
同じ未解決失踪事件を追いかける2人のアプローチの仕方は真反対だ。ダブは、目的のためなら手段を選ばない。怪しい人物がいれば、その家に不法侵入することもいとわない。図書館の資料も無断で持ち出し、関係者には単刀直入に質問を投げつける。
相手の気を引くためならわざとけがをするし、息を吸うようにうそをつく。取材対象者との関係性において「信頼」を最も大切にしているギルバートは、まずはパブで一緒に酒を飲み、懐に飛び込んでから話を聞き出すタイプだ。
ダブとギルバートはかみ合わないまま、なんだかんだで互いの足りない部分を埋め合う関係になっていく。ダブに憧れるジャーナリスト志望のエミーは、2人の長所と短所を目の当たりにしながら、憧れを行動に移行する。同時進行で描かれるのは、ダブとギルバートがそれぞれの職業倫理に関わる問題に苦悩する姿だ。
ダブは国家機関の不正を暴き、情報提供者を死なせてしまったことで精神的に追い詰められていく。ギルバートは過去の配信内容が原因で、妻との関係をこじらせていた。更にはボドキンで8000ユーロの借金を背負わされるというピンチに見舞われてしまう。
事件を追ううちに見えてくる3人の「物語」も魅力
25年前に失踪したのは、女性教師のフィオナ、〝マラキ・オコナー〟という男性、そして氏名不詳の少年だった。ダブたちはフィオナの関係者を最初の手がかりに、3人の特定を試みる。その調査中にダブはジャーナリストの直感で、行動が怪しい数人の住民に目をつける。そしてダブたちは、ボドキンの予想外の顔を知ることになっていく。
エピソードを重ねるごとに次々と登場人物が増え、人物相関図は過去と現在を飛び越えて入り乱れる。
心を閉ざしているが天使の歌声を持つ鍛冶屋のテディ。その父親で失踪事件を当時担当したパワー巡査。子供の頃は〝クソ漏らし〟といじめられていたがシリコンバレーで大成功し、帰郷してきたフィンタン。仕事中にすぐにいなくなってしまう、ダブたちの運転手を務める青年、ショーン・オシェイ。ダブたちが話を聞いた直後に不審死を遂げた大地主のダラー。「過去は過去だ、かき回すな」とダブに忠告する漁師のシェイマス。車を使って、「立ち去れ」とダブを脅す目出し帽の2人組。さらには修道院の修道女や、北アイルランドのギャングたち、国際刑事警察機構(ICPO)までも登場する。
サーウィン祭りを迎えた最終話に顕著だが、狭い世界の小さな事件と思いきや、予想や期待を大きく超えてスケールが大きくなっていく。それをジャンル物としての逸脱ととらえた場合、好き嫌いが分かれるかもしれない。だが本作は、人としても職業人としても欠陥のあるダブ、ギルバート、そしてエミーそれぞれの「物語」として、間違いなく魅力あふれるヒューマンコメディーだ。
Netflixシリーズ「ボドキン」は独占配信中