公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。
2023.11.11
ロンドンの映画料金には〝定価〟がない! 封切りも900円から3600円まで 元配給社員の英国探訪記
映画も映画館も、ところ変われば……でさまざま。日本の配給会社に勤めた後でロンドンに移住、現地でも映画館で働いた筆者が、日英の映画事情をつづる。
ロンドンの映画料金には〝定価〟がない。日本ならほぼ全国一律、いつどこで見ようと封切り映画料金は2000円。しかしロンドン市内でも5ポンド(約900円)から20ポンド(約3600円)まで、実に幅広い。同じ映画なのになぜ? お客さんは安いところに押しかけないの? こちらに来たころは、数々の疑問がよぎったものだ。
ロンドンのインディペンデント系映画館、Gnesis cinema
電車賃も時間と曜日で変わる国
私は日本の配給会社で働いた後、3年前にロンドンに移住した。一時、インディペンデント系映画館に勤めたこともあり、こちらでの生活はかなり映画/映画館に近くなった。
渡英前から、チケットの値段が統一されていないと聞いてはいたが、実際の値段の幅に驚かされた。昼夜で変わり、平日と土日で違うこともある。場所と時間によって、本当にさまざま。肌感覚では、IMAX上映を除くと値段の幅は10〜20ポンド(約1800~3600円)かと思う。オンラインで買えば2ポンド前後の手数料がかかる。もっとも映画入場料に限らず、ピークタイムに料金が上がることはこの国ではよくある。電車の運賃だって変わるのだから、日本との感覚の違いがお分かりいただけるだろうか。
ブルームズベリーにあるCurzonの映画館
シネコン、単館チェーン、名画座、文化施設……
では、どのように映画館を決めるのか。言い方を変えれば、なぜ、安い映画館にだけ客が押し寄せることにならないのか。
一つには、映画館によって値段の決め方がまちまちなのだ。ロンドンには、さまざまな種類の映画館がある。ロンドン中で見かけ、特にSOHOなどのセントラル(ロンドン中心街)で主流なのが、日本では「シネコン」と呼ばれる大型ファミリー向け映画館。OdeonやVueがそれに当たる。
次に大型インディペンデント系映画館。CurzonやPicturehouse、そして私が働いていたEverymanがある。大作も上映しながら、主に公開規模が比較的小さい「アートハウス」映画を紹介している。〝インディペンデント系〟といっても、イギリス中に数十の施設を抱える映画館チェーンである。1館のみのインディペンデント映画館も複数あるし、旧作上映がメインであるPrince Charles cinemaは、日本でいう名画座だ。
こうした商業映画館の他に、半ば公的映画館もある。英国映画協会(British Film Institute=BFI)はロンドン最大の公的映画施設で、会員からの会費と政府の助成金によって成り立っている。複合文化施設のアンスティチュ・フランセ(日本にも存在するフランス文化センター)やInstitute of Contemporary Arts(ICA)、Barbican Centreなども上映施設を持っている。
ただ、東京に比べてロンドンはかなり狭く、上映作品のラインアップは映画館によってさほど変わらない。〝ロードショー〟をうたっている映画であれば、基本的にどこの映画館でも上映されている。
Prince Charles cinema は旧作上映が中心の映画館(https://twitter.com/ThePCCLondon)
誰と、どんな理由で見るか
さて、あなたなら上記のバラエティーから、どの映画館を選びたいだろうか。ロンドンの観客にとっては「どこでも、誰とでも同じ映画体験ができる」ことはあまり重要ではない。むしろ払った分の対価として、サービスや居心地の良さを求めている。デートや記念日、ファミリー行事など「誰と、どんな雰囲気で見たいか」で映画館を選ぶのである。
例えば、シネコン系映画館のターゲット層は、親子連れでありティーンエージャーだ。アクセスが良い場所にあるという利点も相まって、客を選ばず料金も比較的安い。シネコン系のVueシネマは平日の日中はどの映画も一律6.99ポンドでチケットが購入できる。インディペンデントの映画館Genesis cinemaでは平日一部を除き、5ポンドで鑑賞できる上映回がある。ただ、シネコン系の映画館はあまり雰囲気が良くないと世間は認識しているように思える。私も、安さを理由にVueで「イン・ザ・ハイツ」を見た際、上映中に大声でヤジを飛ばす若者を目の当たりにした記憶がある。
一方、大型インディペンデント系映画館で20ポンドほどのチケットを買ったならば、フワッフワのソファのような、サイドテーブル付きシートがあなたを待っている。カップルシートなども選べるし、シートにゆとりがありすぎて眠気を誘われることも。オーダーしたものは席までサーブしてくれるし、Everymanではオーダーまで取りに来てくれるという特典付きだ。スクリーンや音響はコンパクトなものが多いが、〝特別の日〟を演出する鑑賞体験としては非常に満足がいくものだと感じる。
Everyman cinemaの座席。スクリーン自体はコンパクトで、全席ゆとりを持ったソファシートが並ぶ(https://www.everymancinema.com/theaters/g01rj-everyman-plymouth/)
Everymanで働いていた私は無料で鑑賞できたのでそこを選んでいたが、このような映画館を選ぶのは毎月必ず映画館に行くような映画好きの客層ではない。そのせいか、映画マナーはあまり良くないというのが正直なところだろう。上映中に会話が聞こえることは少なくないし、携帯画面の光が気になったこともしばしば。追加のドリンクを頼むために離席する姿も頻繁に見かけた。
私自身は、友人の都合に合わせてセントラルで見るときはシネコン的な映画館に行くが、個人的に見たい映画の場合は、観客の年齢幅が近く一人客も多い近所のインディペンデント系の映画館に行くことを意識している。Genesis cinemaはスクリーン数が他と比べて多く、作品ラインアップが豊富なのでよく通っている。最近、お金を払って見たのはクリスティアン・ムンジウ監督の「ヨーロッパ新世紀」。ICAで13ポンド(約2340円)であった。
Curzonシネマズのメニュー。フードもドリンクもロンドンのレストランと見劣りしないクオリティー(https://www.instagram.com/p/CwDMlsPoN_C/ )
コンセッション充実 ピザとカクテルをカフェで
コンセッション(売店)の気合の入り方も、日本の比ではない。インディペンデント系チェーンは特に充実し、ポップコーンとソフトドリンクだけなんてことはなく、カクテルやピザ、ホットドッグなどの軽食、デザートや、カフェドリンクとよりどりみどり。
中でもCurzon, Everymanのフード、ドリンクメニューは、ロンドンの双璧といえよう。カクテルは12ポンド(約2160円)より提供され、ショートカクテル、ロングカクテルなどが並び、本格的なバーとラインアップはさほど変わらない。40ポンド(約7200円)ほどの値が張るボトルワインもある。軽食として、10ポンド前後のピザやホットドッグ、ナチョス、スナック系もそろっている。併設されたカフェスペースの広さも十分に確保されており、それ目当てで訪れている利用者も珍しくない。
Curzonのバーエリア。複数のワインボトル、コーヒーマシン、リキュールが目に入る
お得な会員特典も
では、一番安く映画を見る方法は?と聞かれたならば、総体的にはどこかの映画館の会員になるのがベストだと答えるだろう。映画館ごとにユニークな会員制度が用意されている。固定の料金設定がないからこその自由さで、割引額や特典はかなりお得。チケットや飲食のメンバー割引、●本見ると1本タダ、会員加入で映画●本分の無料鑑賞券、新作の先行上映を見られる――など。会員のみアクセスが許される、独自のオンラインプラットフォームを持っているチェーンもある。インディペンデント系の単館映画館なら、会員になる=映画館をサポートする、というイメージがある。
Curzonの会員制度では映画チケットが安く手に入るし、フード、ドリンクの割引もある。大作を上映する一方で自社配給も手がけ、ドキュメンタリー専用のスクリーンも持つなど、作品ラインアップで他の映画館チェーンと差別化を図っている。「料金は高いが、会員になればお得だよ」とへビーユーザーになることを目的としているサービスかもしれない。
映画館によって、ファミリーフレンドリーな施策があったり、カクテルが充実していてお酒好きなカップルや中年層に人気だったり。値段だけではない「自分に合った映画館」が見つかるはずである。
もっともロンドンの観客の映画鑑賞流儀は、静かで行儀がいい日本とはかなり違う。なじみづらいかもしれないので、心の準備もおすすめしたい。そのあたりは、また稿を改めて。