「過去負う者」

「過去負う者」

2023.10.02

半数が逆戻り 受刑者の社会復帰阻む壁とは 法務関係者と考えた「過去負う者」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

ひとしねま

坂本高志

「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、社会の構成員として包み支え合う」。政府も重視するこの「社会的包摂」という理念から最も遠い存在が元受刑者ではないだろうか。「犯罪白書」などによると、新規受刑者の半数近くが「再犯者」で、背景には安定した就職先などの社会の居場所を見つけにくいことがあるとされる。元受刑者を阻む社会の暗部を描いた映画「過去負う者」(舩橋淳監督)を見た法務省関係者たちと考えた。
 


 

演劇で元受刑者の就労支援を図るものの……

映画には、ひき逃げで10年服役した男「田中」、女子児童へのわいせつ行為を働いた元教員の「三隅」、薬物常習の女「森」、知人男性宅に放火し10年服役した女「島」らが登場する。元受刑者の就労を支援する就職情報誌のスタッフたちがサポートするが、対人関係をうまく構築できない田中らはトラブル続き。女性保護司でもある「藤村」らスタッフは、元受刑者たちに「ツミビト」と題した演劇の稽古(けいこ)を積ませ、周辺住民や被害者に見てもらうことで地域社会の理解を得ようと試みる。
 
物語はそこから大荒れに。住民たちは容赦ない言葉を壇上の元受刑者たちに投げる。「あなたたちは一線を越えたんです、私たちとは違う」「(地域の)資産価値が下がる」「被害者の身になって考えたことがあるんですか」。顔をこわばらせ、何かを言おうとする田中たち……。


不寛容な社会問う「ドキュ×ドラマ」

この映画で驚かされるのは、役者たちが台本なしの即興で演じていることだ。2011年の福島原発事故の避難者を描いた「フタバから遠く離れて」などドキュメンタリーを撮ってきた舩橋監督が得意とする「ドキュメンタリー×ドラマ」の演出方法だ。「きれいなセリフ回しはいらなくて、とにかく生々しさが必要だった。『自己責任』ばかりが強調される不寛容な社会の空気を問うてみたかった」。舩橋監督は製作動機をこう説明している。
 
本作は法務省が後援している。霞が関の官庁の中でも「お堅い」とされる同省で異例のことではあるが、それだけ、この映画が問うテーマが切実ということだろう。


元保護局長「出所後就労者の半数が半年で離職。伴走者が必要」

記者は映画を見た一人、元保護観察官(国家公務員)の宮田祐良氏(61)に感想を求めた。「藤村」ら全国約4万7000人(23年1月1日現在)いる保護司(民間ボランティア)の活動を統括する法務省保護局のトップである局長を務め、7月で退職した。
 
「罪を犯した人が再出発しようとする際の数々のつまずき(のドラマ)には、とてもリアリティーがあった。刑務所出所者の再犯防止のため、国が特に必要性を強調しているのが『住居』と『就労』だが、現実には調査した出所後就労者の約半数が半年以内に離職するというデータもある。犯罪に至るにはさまざまな事情や背景があり、出所者は社会復帰するために、これらと向き合い、場合によっては闘わなければならない。この段階で映画の『藤村』のように伴走する支援者の存在はとても大きいと、改めて教えられた」
 
映画の中心テーマである「社会の壁」については? 宮田氏は「被害者が存在する以上、責任をうやむやにはできない。ただし『私は犯罪をすることはない』と信じるところから始まる、自己責任論には疑問がある。多くの保護司や保護観察官は『同じ境遇だったら、自分も罪を犯していたかもしれない』と思いながら、更生支援の仕事をしている」と明かす。その上で「登場人物はそれぞれの立場でみんな正しいことを言っているのに、傷ついてしまう。しんどい内容の映画だった」と付け加えた。


 

元矯正局長「受刑者はいつか社会に戻る。映画の問いかけ重い」

「加害者と被害者のとらえ方がずしんと響いたし、答えの出ないテーマをよく映像にしたなと思った」。同じく本作を高く評価するのは、法テラス理事の名執雅子氏(62)。20年までの約2年間、全国に約280カ所ある刑務所や少年院など矯正施設を管理運営する法務省矯正局長を務めた。
 
話題に上ったのは、元受刑者たちが演じる「ツミビト」のシーンだ。観劇した地域住民に厳しい言葉を浴びせられた「田中」はキレてしまう。記者は見ていてハラハラしつつ、「フィクションの世界だから」とひとまず納得したのだが、名執氏は「自分の経験でも思い当たる面があった」と受け止める。
 
かつて院長を務めた仙台市の女子少年院では「表現教育」を取り入れており、入所している少女たちの手作り音楽劇(創作オペレッタ)を外部に披露していたという。「自己肯定感が低く、気持ちを適切に示せない少女たちが、犯した罪を反省していても、それをうまく表現できないでいる、あるいはすぐに感情的になってしまう。『田中』たちもそうなのだろうと」
 
描かれた「不寛容社会」については、約半数がまた刑務所に戻ってしまう現実の状況を念頭に、「『犯罪者なんて支援する必要がない』と言う人は少なくない。でも、大半の受刑者はいつか社会に戻ってくる。新たな被害者を生まないために、『では、どうしますか?』という映画の問いかけは重い」と話す。


刑法改正で拘禁刑創設 刑務所と社会の段差縮まるか

22年に改正刑法が国会で成立し、懲役と禁錮を一元化させた「拘禁刑」が創設されることになった(施行は25年の予定)。これによって、受刑者の年齢や特性に合わせて刑務作業と指導を柔軟に組み合わせられるようになる。つまり、刑務所の処遇は「懲罰」より「教育」にシフトしていく。再犯防止の観点から、刑務所と社会の段差を縮めようという、刑事司法の大きな転換だ。前述の宮田氏も「『拘禁刑』の創設で、矯正の抱える課題はいっそう大きなものになる」とみる。
 
名執氏は「刑務所は今後、さらに社会復帰を意識しながら受刑者を処遇していくことになる。そうすることで社会との間にある壁は下がっていくと望みたい」と語る。


「地域社会の一員として見て、考えて」舩橋淳監督

刑法改正に尽力した一人である前検事総長の林真琴氏も映画を推薦するメッセージの中で「更生支援、社会復帰支援の活動は、挫折、失敗の連続である(中略)。刑法改正がCHANGEのような社会復帰支援活動を後押しする効果が期待される」と解説している。
 
訴追し刑務所に送る役割の検察、刑務所で教育する矯正局、出所後の更生を担う保護局と、現実の「ツミビト」に関わる法務官僚の元トップたちも本作を通じて思うところが多かったようだ。舩橋監督は「次は、地域社会を担う一人一人の『あなた』も見て、考えてほしい」と呼びかけている。
 
10月7日から東京・ポレポレ東中野、11月11日から大阪・第七芸術劇場ほかで順次公開。

関連記事

ライター
ひとしねま

坂本高志

さかもと・たかし 毎日新聞学芸部長。1994年毎日新聞入社。社会部で主に検察や裁判所、法務行政を担当した。22年10月から現職。

新着記事