「人質 韓国トップスター誘拐事件」のピル・カムソン監督

「人質 韓国トップスター誘拐事件」のピル・カムソン監督

2022.9.11

インタビュー:新しいファン・ジョンミンをお見せします ピル・カムソン監督デビュー作「人質 韓国トップスター誘拐事件」

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

快作を次々と送り出す韓国映画界。「人質 韓国トップスター誘拐事件」では、大スターのファン・ジョンミンが本人を演じている。先を読ませないアクションスリラーを監督したのは、これが長編デビュー作のピル・カムソン。
 


 

典型的な監督コース シネフィルから助監督へ

商業映画初監督で大物俳優と組み、大がかりなアクション演出もこなした。ピル・カムソン監督、何者ですか。
 
「韓国の典型的な道筋を通って監督になりました」。1977年生まれで、高校時代から映画監督を目指し、大学でも映画を専攻。卒業後助監督になり、商業映画の撮影現場で働きながら人脈を作り、短編映画を製作してアピールし機会を探ってきた。自身の企画がプロデューサーに認められ、ついにデビュー。「デビューとしては遅めかな。途中で企画が立ち消えになったりもしましたよ。シネフィルから監督になりました」。コロナ禍ながらヒットを記録し、有望株に躍り出た。
 
「人質」は脚本も自身で手がけた。着想は、中国で実際に起きた事件から。著名な俳優が誘拐され、後に救出されたのだ。
 
「ドキュメンタリーを見て興味を持ちました。アイデアを膨らませてストーリーを作り、プロデューサーに見せたら脚本を書いてみてと言われて。スリラーは大好きなジャンルなので、あまり時間をかけずに書き上げました。それをファン・ジョンミンさんに見せたら気に入ってもらえたんです」


「人質 韓国トップスター誘拐事件」© 2021 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K & SEM COMPANY.All Rights Reserved.
 

アテ書きした三つの理由

プロデューサーとは撮影現場を通して知り合い、自身の短編も見ていたのだという。途中で、同じ事件をモチーフにした中国映画があることが分かったものの、没にするのは惜しいと権利を整理して続行。この中国映画が原作としてクレジットされているが、内容は別物だ。
 
ファン・ジョンミンにはアテ書きだった。「理由は三つありました」。「一つは誘拐被害者の役で縛られたまま演技することになるから、上半身、顔だけで表現できる人でないといけない。身動きの取れない状態で、おびえたり、相手を威圧したりするし、劇中では犯人をだますための演技もする。変化に富んで、幅の広い演技ができる人といったら、まずファン・ジョンミンさんを思いついたんです」
 
二つ目は、アクション。「映画の後半は激しい格闘や追跡の場面があって、アクションの素養は不可欠。同時にリアルに演じてもらいたかった。そして、ファン・ジョンミンさんはこれまで強烈な役が多く、被害者という受け身な役は初めて。強さと弱さを同時に表現できるのではと思いました」
 
「本人が本人を演じるのだから簡単だと思うかもしれませんが、実際はとても難しい」という。映画の中のファン・ジョンミンはファン・ジョンミンでありながら、ファン・ジョンミンにあらず。
 
「実は世界には、たくさんのファン・ジョンミンさんがいるんです。私が想像しているファン・ジョンミン、実物のファン・ジョンミン、そして観客のイメージの中のファン・ジョンミン。いずれも満足させ、さらに新しいファン・ジョンミンを作らないといけない。本人とも話し合いを重ねて、自分だったらこうする、こう思うと意見を言い合いながら、映画の中のファン・ジョンミンを作っていきました」


 

「復讐するは我にあり」を参照した

ヒチコックやコーエン兄弟が好きというスリラーファン。今作では今村昌平監督の「復讐(ふくしゅう)するは我にあり」も参照したそうだ。緒形拳演じる冷徹な連続殺人犯が主人公の名作だ。「犯人役の俳優に見てもらいました。あの映画のリアルさや、感情を排して演出しているところを、参考にしたいと思ったんです」
 
映画の前半で、ファン・ジョンミンは倉庫に監禁され、拷問を受ける。後半は一転、脱出して必死の逃亡が描かれる。追う誘拐犯たち、そして捜査する警察によるさまざまなアクションが見せ場となる。中でも町中を暴走するカーチェイスが迫力たっぷり。
 
「ソウルとインチョンで撮影しました。ソウルの町の真ん中で交通事故を目撃したようなリアリティーを出したかったんです」。逃げる犯人の車を警察車両が追い、商店に突入して止まるまで、スピード感にあふれる演出。
 
「この場面の撮影地は、取り壊しが決まっていた地域。好きなようにできましたが、期間は3日しかなかった。スタッフが優秀でノウハウも心得ていたから、いいものが撮れたと思いますよ」。撮影監督のチェ・ヨンファンは「ベテラン」「ベルリンファイル」などを手がけた実力者だ。これらにも、助監督としてついていた。
 
それにしても、映画の中でファン・ジョンミンは殴られ蹴られ縛られ、拷問され、林の中で転げ回る。大スター相手に、よくぞここまで……。「ファン・ジョンミンさんは率直で正直で、心を開いて仕事をしてくれました。『自分だったらこうはしない』とアイデアも出してくれたし、情熱的なプロフェッショナル」


 

製作費8億円、撮影3カ月も「大作にあらず、平均的」

製作費は80億ウオン(約8億円)、スタッフの総勢は100人ほど。3カ月の期間で撮影日数は58日という。「大作というほどではありません。まあ平均的かな」。韓国では撮影前にストーリーボードを作り、全カットのイメージを決めてから撮影に入る。ストーリーボード作家というパートもある。監督、撮影監督の狙いを全スタッフと共有し、撮影を効率的に進めるためだ。
 
「ストーリーボードは監督もスタッフも重要視しています。撮影前に1カ月以上、撮影監督、ストーリーボード作家と毎日のように話し合って作りました。撮影にあたっては、基本的にはそれに沿って進めますが、あくまで青写真です。撮影現場で即興的に、こうした方が面白いと変えることもありますよ。もっとも現場は忙しいので、諦めることもありますが」
 
韓国では昨年8月、1294スクリーンで公開され、163万人を動員。コロナ禍で観客が激減したこの年の、韓国映画では3位に入る好成績を収めた。
 
「新型コロナ流行の第4波とぶつかってしまいました。映画館の営業が午後9時までに制限された中での公開だったけれど、こういう映画はもっと遅い時間に見に来る人が多いので、残念でした。台湾やベトナムでも公開しています」
 
9月9日公開。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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