「アニメと映画の相乗効果を狙いたい」と語る松岡宏泰・東宝社長=内藤絵美撮影

「アニメと映画の相乗効果を狙いたい」と語る松岡宏泰・東宝社長=内藤絵美撮影

2022.10.13

インタビュー:松岡宏泰・東宝社長 アニメ強化しIPをグローバル展開

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

日本最大の映画会社、東宝の新社長に松岡宏泰氏が就いて5カ月。東宝創業家に連なる松岡氏の、島谷能成・現会長からの後継は既定路線とみられていたものの、東宝は4月、創立100周年に向けて「TOHO VISION 2032 東宝グループ経営戦略」を発表し、コロナ禍のダメージからの回復や映画製作現場の労働環境など課題も山積する。東宝のかじ取りについて、そして映画業界のあり方について、たっぷりと話を聞いた。


10月1日から新シリーズが始まった人気アニメ「僕のヒーローアカデミア<第6期>」©堀越耕平/集英社・僕のヒーローアカデミア製作委員会

アニメ事業を独立 映画と相乗効果狙う

――3年に及んだコロナ禍も、ようやく出口が見えてきたようです。映画界も大きな影響を受けました。
 
映画館を休館せざるを得なくなった時は大変なショックを受けましたし、この間動画配信サービスの波が来て、映画館ビジネスはなくなるのではないかと心配する人もいました。それでも私は、映画は生き残れると思っていました。今、お客様がある程度戻ってきて、映画館は特別だという思いを改めて強くしています。面白い映画を楽しむという本質は、変わっていません。2年数カ月前の絶望感からは、立ち直りつつあると実感しています。
 
ただお客様の取捨選択が厳しくなったし、ご高齢のお客様の戻りがまだ弱い。この傾向が続くのか元に戻るのか見えないのは不安ですし、どう乗り越えるかは今後の大きな課題です。
 
――4月に発表した「TOHO VISION 2032」では、それまで映画事業の中に位置づけられていたアニメ事業を、柱の一つとして独立させました。アニメに注力していくということでしょうか。
 
アニメ事業はここ数年、飛躍的に伸びています。その中で知的財産(IP)として考えた時に、映画のビジネスモデルとの違いが明らかになってきました。映画は1本作って興行し、その後テレビ放送などの2次利用からライブラリーになっていく。例外はテレビドラマを起点とした映画ですが、我々はそれを手がけることが困難です。
 
一方アニメは、テレビシリーズを展開した後で映画になり、またテレビシリーズを作り、さらに映画をやってと、何年もかけて大きなIPに育っていく。その過程で、マーチャンダイジング(商品化)や海外展開を長期的、多角的に展望すれば、投資や回収の計画の立て方、考え方は違ってきます。それなら映画とアニメとは分離した方が成長しやすくなるのではないかと考えました。
 
もちろん完全に分けるつもりはないし、アニメ事業においても興行は非常に大事です。アニメと映画の両輪が8の字を描きながら相乗効果で大きくなっていくイメージです。映画化がピークではなく、そこでドライブをかける。映画館を持つことは、我々の強みだと思っています。TOHO animationには、「僕のヒーローアカデミア」から始まって「呪術廻戦」に至る成功例があります。今後は東宝によるアニメ製作は増えていくでしょう。

 
「ゴジラ」(1954年)🄫1954TOHO CO.,LTD.

巨費投じ「ゴジラ」配信シリーズ製作中

――成長戦略では、海外展開も重視されています。
 
アニメシリーズを海外に配信する日本のビジネスモデルは大きな成果を出していますし、日本のアニメ映画も米国を中心に大ヒットを連発しています。2022年8月、「ドラゴンボール超 スーパーヒーロー」(東映)が、全米興収ランキングの1位になりました。東宝の「劇場版 呪術廻戦 0」も、海外だけで100億円を上げています。アニメは確実に成長しているし、そこにドライブをかけたい。
 
そして、IPビジネスを海外でいかに展開できるかが成長の鍵だと思っています。現在、ゴジラを中心とした「モンスターバース」の特務機関「モナーク」をテーマにしたシリーズを、配信のAppleTV+、米製作会社のレジェンダリー・ピクチャーズと巨額の予算を投じて製作中です。マーチャンダイズ面でも、ゴジラの商品化権を数年前に買い戻し、大きな成果を上げています。思えばゴジラは60年以上、文句ひとつ言わずに働いてくれてますね(笑い)。
 

「僕のヒーローアカデミア<第6期>」©堀越耕平/集英社・僕のヒーローアカデミア製作委員会

映画館ファースト すべてかどうか

――コロナ禍で動画配信サービスが急拡大し、各社が独占配信作品の製作に乗り出しています。劇場公開と同時配信という作品も出てきました。競争が激化していますね。
 
これまでも、競争は常にありました。テレビが出てきた時も同じです。その後ビデオが出てきて家が疑似映画館になり、DVDで小型化、高画質化し、今はスマホで見られちゃう。ただテクノロジーが進歩しても、作品は変わっていません。映画館と配信では、同じ映像商品でも見る環境が違います。
 
映画館の上映環境は技術が進化してとても良くなった。その映画館まで行ってお金を払って、約2時間座るという制約の中で見る。それは特別な体験として存続するでしょう。まず映画館で上映して話題となることが、それ以外のビジネスにも必ずよい影響を与え、収入の最大化ができると思っています。
 
アカデミー賞を受賞する作品も配信から出ていますが、興行的にすごく話題になったというお話は少ないと思います。そうした作品の、商業的な成績とクオリティーの評価は別のものかもしれません。
 
ただ、すべて映画館ファーストかどうか。アメリカだと顕著な例が見受けられると思いますが、中規模作品が製作費を獲得できない時に駆け込み的に配信映画として作り、配信ファーストから映画館に出すというのなら、それもビジネスモデルでしょう。今後、映画館の需要は減るかもしれないし、競争はもっと厳しくなるかもしれない。それでもなくならないと思っています。今は過渡期なので、最終的に共存していくことになるのではないでしょうか。


10月1日に新シーズンが始まった「SPY×FAMILY」。注力するアニメ事業でのヒット作=©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

競争の中でレベルアップを

――海外の配信サービスと連携することはありますか。
8話なり10話なりで構成されるシリーズと2時間で1本の映画は、配信というプラットフォーム上で違いはないと思うんです。シリーズも全話同時配信が多いですから、何回かに分けて見るか2時間で完結するか、フォーマットが違うだけ。現在もアニメシリーズは配信用に展開されていますし、今後も実写ドラマのシリーズなどもを手がけていきます。将来的には、尺が2時間という作品を配信用に提供する可能性も十分ある。東宝は映像製作会社です。映画館に最初に出すものを映画と呼んでいますが、限定しているわけじゃありません。
 
――配信サービスは製作予算や環境、労働条件などで日本とは桁違いに優遇すると聞きます。国内の原作や人材が、条件の良い配信に囲い込まれる心配はありませんか。
 
日本になかったものが外から持ち込まれ、それがスタンダードとして認められるようになっていけば、選んでもらうためにはこちらもそこに近づけないといけない。映画界全体で、改善せざるを得ないところが出てくるでしょう。
 
ただ、双方に強みと弱みがある。東宝は映画館があるし、海外展開やマーチャンダイジングなど総合力にたけている。これも、かつてテレビが登場したときと同じで、競争の中で時間をかけて整っていくと思います。我々もレベルアップしなければなりません。
 

コミック累計発行部数800万部超の人気漫画「怪獣8号」もアニメ化決定=©防衛隊第3部隊©松本直也/集英社

「シネマズ」上映作品で多様化に寄与

――映画業界は映画人口2億人を目標に掲げてきました。コロナ禍から立ち直りつつある中で、達成の見通しは。
 
「2億人」と言い出したのは、故・岡田裕介東映会長じゃなかったかな。コロナ禍に見舞われる前の19年、映画館の観客数は1億9490万人でしたが、映画以外のコンテンツとして除外されていたライブビューイングなどを加えれば、映画館に足を運んだ総計は2億人を超えていました。実質的には目標達成していたと言えるかもしれませんね。
 
ただ、純粋な映画人口を2億人にするためには、数本の大ヒット作に頼るのではなくて、ある程度の土台の上にメガヒットが加わるという形にならないといけない。多様性と言ってしまえば簡単ですが、邦画洋画問わず中小規模の作品を含め、いろんな映画を見てもらいたい。今はメガヒット作品の方が大きな割合を占めていて、それはそれですばらしいけれども、やはり観客の目が中小規模作品にも行ってほしい。
 
東宝が製作、配給するのは年にせいぜい数十本です。多様化に寄与できるとすれば、グループのTOHOシネマズでいろいろな作品を上映して見てもらうこと。もちろん、多様性を意識した映画製作の検討も必要でしょう。社是として掲げる「朗らかに 清く正しく美しく」というレンジの中で、チャレンジしたいですね。
 

現場適正化 中小規模の映画に影響大

――映画製作現場のパワハラやセクハラの告発が相次ぎ、長時間、過酷な労働環境の改善を求める声が大きくなっています。経済産業省は昨年4月、「映画制作現場の適正化に関する調査報告書」をまとめ、契約関係の整備や、適正化機関の設置を提言しています。
 
簡単な問題ではありませんね。映画会社の撮影所が機能していた時代には定期的に作品が作られていたから、会社とスタッフとの契約関係があった。しかし今は、現場で働く人たちはほとんどがフリーランスで、作品ごとの雇用という形態です。不安定な雇用環境で若い人が定着しない、入ってこない状況は心配です。人材の育成も、現場が健全であること以上の対策はないと考えています。若い人が安心して入ってきて、定着してもらえる産業にしなければならない。そのスタート地点に立っているのだと思います。
 
昔のやり方を続けるのは不可能だということは、業界全体が理解していると思います。ただ、製作現場を適正化しようとすれば、確実に製作費が上がる。上乗せ分は、主に人件費です。1日の撮影は何時間と決めて、契約はこうでこれだけ払ってくださいとなったら、スタッフの数と拘束時間が増え、当然製作費は上がりますね。
 
東宝のような組織では、こうした上乗せも体力で乗り越えられるかもしれない。しかし、小規模なインディーズの製作現場まで、報告書が提言する1日13時間労働を適用すれば、大きな影響が出てしまうと思います。そういう議論がないまま〝適正化〟が進んでいくことに対しては、ちょっと不安があります。製作費がある程度ある現場とないところとでは、濃淡が出てくるでしょう。業界の分断につながらないといいなと思ってます。
 

実写作品でも世界へ

――是枝裕和監督ら「映画監督有志の会」が、映画界の改革を求めてさまざまな提言をしています。
 
業界を良くしたいという思いはみんなが持っています。コロナ禍になって有志の方たちが声を上げてくださったことは有意義だし、日本映画製作者連盟としても毎月意見交換をしてきました。向いている方向は違わないと思っています。ただ、何を原資にするのかは難しい問題です。
 
――東宝作品は日本の年間総興収の約4割を占めていますが、国内外の映画賞での存在感は興行ランキングほどにはありませんね。
 
韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」が、カンヌ国際映画祭のパルムドールやアカデミー賞作品賞を受賞しました。あの作品が本当に最も優れていた作品かどうかは意見が分かれるかもしれないが、受賞したら勝ち。それはすばらしいし、率直にうらやましい。どうして日本映画ではできないのかといろんな人に言われるけれど、賞は狙って取れるものではありません。絡んだらうれしいと思いますし、やれるもんならやりたいですね。
 
韓国は早い段階で世界に目を向けて海外展開をして成功していますが、日本はアニメが先行しました。配信ビジネスやアニメ映画の興収では、日本作品は世界的に成果を上げています。アニメに負けず実写作品も、という流れが出てくるといいし、そうなりたいですね。
 
■松岡宏泰(まつおか・ひろやす) 1966年生まれ。米ピッツバーグ大経営大学院を修了し、94年東宝東和入社、2008年同社長。14年東宝取締役に就任し、21年常務執行役員。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

内藤絵美

ないとう・えみ 毎日新聞写真部カメラマン