©2023「ひとりぼっちじゃない」製作委員会

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2022.11.16

来春公開「ひとりぼっちじゃない」に見る、映画的コミュニケーションの〝ススメ〟

国際交流基金が選んだ世界の映画7人の1人である洪氏。海外で日本映画の普及に精力的に活動している同氏に、「芸術性と商業性が調和した世界中の新しい日本映画」のために、日本の映画界が取り組むべき行動を提案してもらいます。

洪相鉉

洪相鉉

国立中央図書館。
長い歳月眠っていた白磁の青華を見るように古い新聞のインタビューを読む。インタビュイは、TㆍSㆍエリオットの詩やジェイムズㆍジョイスの小説に熱狂する文学者だった。しかし、ジェリーㆍシャッツバーグの「スケアクロウ」(1973年)が彼の人生を変えた。修士論文を書かずにカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に向かった。映画理論を専攻するつもりだったが、気がついたらMFA(Master of Fine Arts)課程で映画を作っていた。その間に、父をたたえるために書いたシナリオでRKOピクチャーズが主催するハートレーㆍメリル国際シナリオコンテストでグランプリを手にする。記事の掲載日は1998年11月5日となっているが、彼は東京国際映画祭の慧眼(けいがん)に導かれ来日し、上映まで終えた後だった。
 

〝映画的コミュニケーション〟の特徴とは?

 これは恩師の元中央大学映画学校教授ㆍ映画監督の李光模(イㆍグァンモ)の話だ。UCLAで書いたシナリオとは東京国際映画祭の出品作で、以後「美しい季節」(1998年)というタイトルで韓国公開される「故郷の春」のこと。これを映画化しながら彼は「文学と映画の関係性」に注目していた。文学が知的なコミュニケーションであれば、映画は全体的な感じとしてのコミュニケーションである。物事の本質に近づくためには文学が早いかもしれないが、映画は全体に触れることができる。
 
自分の理論を実践する恩師の作法は堅固だった。父世代の姿をあまりにも生々しく見せるのはむしろ真実ではないと思い、父の日記帳を通じて過去を見つめる演出をするためにカメラを被写体から遠くに固定し、長回しで撮影した。父世代への痛々しい感情を表現するために、前庭の苔(こけ)の色調と風化した写真の黄色を配合しドミナントカラーにした。
 

個性的で多彩な表現力を持つ伊藤ちひろ監督

時計を24年の時間がたった現在に戻してみよう。第35回東京国際映画祭(2022年10月24日~11月2日)の正式出品作、伊藤ちひろ監督の「ひとりぼっちじゃない」は一見全く違う雰囲気の作品に見えるが、東京国際映画祭東京ゴールド賞のほかにも、ハワイ国際映画祭とテッサロニキ国際映画祭でグランプリと最優秀芸術貢献賞を勝ち取った恩師の「故郷の春」を思い出させる。2003年に「セブンス アニバーサリー」で脚本家デビューした彼女は、ジャンルを横切って国際映画祭を駆け回ってきた名匠の行定勲とさまざまな作品で共にしながら地位を構築し、ついに釜山国際映画祭出品作の「今度は愛妻家」(2010年)を経て、富川国際ファンタスティック映画祭出品作の「円卓 こっこ、ひと夏のイマジン」(2014年)に至り、シナリオだけでも個性があらわれる冷温の両面を持った作風を確立した。

 

映画「ひとりぼっちじゃない」にふくらむ期待

今回の「ひとりぼっちじゃない」は自作小説をもとに前述した「全体的な感じとしてのコミュニケーション」を実現し、異次元の作品に昇華させている。登場人物である宮子(馬場ふみか)のアパートは美しいが、生活の空間よりも不条理劇の舞台みたいだ。それにしばしば静物の世界を見せているが、これは繰り返される日常の無意味さを象徴する。宮子を愛するススメ(井口理)は人生のオーセンティシティーについて絶えず疑うと同時に自らを責め、欲望によって膨らみ緊張感が消えた彼の肉体は繰り返し傷ついていく。さらに無為に屈してしまった存在の無力さ、愛と執着を区別できないまま主体としての人生を諦めた退行は、ススメと世界をつなぐ全ての空間を危険にさせてしまう。それでも結局は「ひとりぼっちじゃない」のナラティブが観客を満足させる理由は、文学的想像力でリアリズムの表現を避けながらも主人公がこの美しくてすさまじい観念の監獄に閉じ込められず、映画のストーリーテリングを通じて総体的に葛藤を解消し、愛の経験の中で成熟するという映画体験を示しているためだろう(それに、独歩的なアートディレクターの福島奈央花は、日本映画としては希有(けう)のプロダクションデザインでイメージの森に光を加えている)。省察のアーキテクチャーであり、イメージの冒険、文字と映像という両刃の剣を上手に扱える全天候ストーリーテラーの出現なのだ。映画が終わるやいなや《ロサンゼルスㆍタイムズ》のショートドッグスのディレクターで、最近日常のいろいろなインスピレーションを共有している友人に今年興味深い映画を見つけたと自慢した。
 
「Nice, would love to see the film. Does it have distribution? (いいね。その映画を見てみたいね。 配給はしているの?)」
「No, not yet. It will be released in Japan next spring. (いや、まだまだ。 来春日本で公開される予定なんだ)」
やはり大まかな説明だけでも好奇心を示してくる。待って、いや、期待して。多分アメリカで公開される機会があるかもしれない。会心の笑みが我慢できないことを感じたのはまさにその瞬間だった。

ライター
洪相鉉

洪相鉉

ほん・さんひょん 韓国映画専門ウェブメディア「CoAR」運営委員。全州国際映画祭ㆍ富川国際ファンタスティック映画祭アドバイザー、高崎映画祭シニアプロデューサー。TBS主催DigCon6 Asia審査員。政治学と映像芸術学の修士学位を持ち、東京大留学。パリ経済学校と共同プロジェクトを行った清水研究室所属。「CoAR」で連載中の日本映画人インタビューは韓国トップクラスの人気を誇る。