展覧会「日本の映画館」で展示されている塗装も剝げかけた水戸東映の看板。間近で見るのは初めて

展覧会「日本の映画館」で展示されている塗装も剝げかけた水戸東映の看板。間近で見るのは初めて

2022.5.02

映画のミカタ:懐かしい場所

毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。

勝田友巳

勝田友巳

水戸東映と思わぬ〝再会〟


古い知人に、思わぬ場所で出くわした気分だった。東京・京橋の国立映画アーカイブの展覧会「日本の映画館」(7月17日まで)の入り口近くに展示してある、巨大な「映」の字。わたしの地元、水戸市にあった映画館「水戸東映」の屋上に掲げられていた4文字の一つだという。映画館は2006年に閉館したが、4文字とも収集家が引き取って保存してあるそうだ。

国立映画アーカイブ企画展 日本の映画館

水戸東映は、JR水戸駅近く、東照宮の鳥居をくぐった境内の、大通りからちょっと奥まった場所にあった。高校生だった1980年代半ば、東映は角川映画も配給していたから、アニメ「幻魔大戦」とか「人生劇場」とか「探偵物語」とか、テレビCMや雑誌の宣伝に乗せられて見に行ったのではなかったか。もっとも当時は洋画が圧倒的に強く、もっぱら通ったのは同じ市内にあった洋画館のオデヲン座やパンテオンだったけれど。

「日本の映画館」では、120年前に東京・浅草に初めての常設館、電気館ができてから今に至る、日本の映画館の歴史を、写真や資料で振り返っている。映画が唯一の動画メディアだったころの映画館は「娯楽の殿堂」にふさわしく、堂々と威容を誇示した建物だ。写真を見るとスクリーンを取り囲むように三方の壁に客席が配され、果たして画面が見えたのかと心配したくなるほど人が詰め込まれている。

23年の関東大震災からの復興、戦時下の統制と戦後の再興と歴史をたどり、川崎市や北九州市の興行主が残したイベントの記録や宣伝素材なども展示。終戦後、占領軍に宛てた陳情書や映画会社を叱咤(しった)激励する手紙など、息づかいが生々しい。

毎日前を通る建物でも、取り壊されてしまうと思い出すことができなくなるものだ。水戸でもシネコンに押されて古い映画館は次々と姿を消し、水戸東映は跡形もなく駐車場になっている。世の流れとはいえ、個性的な映画館がなくなるのはやはり寂しい。岩波ホールの閉館も7月末に迫る。

そんな中、池袋にある名画座の新文芸坐が、改修して再開館した。スクリーンも上映機材も一新、フィルムに加えデジタル4K上映も可能となり、古い映画の修復版を美しい映像と音響で鑑賞できる。土地柄を取り入れて、アニメや特撮物のイベント付き上映も始めた。高原安未支配人は映画館の運営会社、マルハンの社内公募に手を挙げて就任。映画館経営は初めてというが、新しい発想でファン層の拡大を図る。ミニシアターの苦境が伝わる状況でも、「今後20年続けるための改修です」と頼もしい。

新文芸坐ホームページ

コロナ禍もあって配信で映画を見ることも増えたけれど、個性の乏しいシネコンでも映画館には特別な空気を感じる。「映」の看板と再会して、改めて思った。

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ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

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