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2024.9.25
ダンプ松本はいかに時代の寵児となったのか⁈ 女子プロレスの熱狂ぶりと闇を再現した「極悪女王」
Netflixで配信がスタートした「極悪女王」。配信されるや否や大反響を得ており、今夏同社で話題になった「地面師たち」や「ボーイフレンド」と並ぶコンテンツとなりそうな勢い。この作品の何がそれほどまでにひきつけるのだろう。
アイドル以上の存在だった、ダンプ松本やクラッシュ・ギャルズ
女子プロレス。1980年代のお茶の間を熱狂させた大型コンテンツ。プロスポーツでありながら、子どもから大人まで話題を沸騰させたプロ野球に勝るとも劣らない人気を得ていた。それを知る者にとっては、ダンプ松本やクラッシュ・ギャルズの存在は紅白歌合戦出場のアイドルかそれ以上の存在だったことは周知の事実。
その次代の熱を再現し、台風の目となったダンプ松本の生い立ち、そしてライバルだったクラッシュ・ギャルズとの関係性に切り込んだのが、Netflixシリーズ「極悪女王」だ。
ストーリーやダンプ松本のバイオグラフィーなどは、これまでさんざん報じられてきているので割愛し、あの熱狂がどうやって作られ、ダンプ松本やクラッシュ・ギャルズがいかにして時代の寵児(ちょうじ)となったか、その背景について語りたい。
© Courtesy of Netflix
「テレビ」と「興行」の関係値で女子プロブームが
そもそも女子プロレスが人気を得たのはなぜか。日本における女子プロレスの歴史は、50年代戦後復興期の人々の心を鼓舞した力道山による男子プロレスのブームとは少々違う。今の興行形態を作った全日本女子プロレスが打ち出した、アイドル化したレスラーによる本格ファイトのスタイルで人気を得ていった。
火付け役として有名なのが70年代後半、大人気となったジャッキー佐藤とマキ上田によるユニット、ビューティ・ペア。試合前にリング上で「かけめぐる青春」をデュエット歌唱し、始まった試合では圧倒的な強さを見せる。このギャップがお茶の間の子どもたちの間で圧倒的な支持を集め、当時のトップアイドルだったピンク・レディーと並ぶ人気となった。
「極悪女王」冒頭で描かれる時代はその熱狂のさなかだ。小学生の松本香が、テレビに映る強く美しいビューティ・ペアのジャッキー佐藤に憧れるところから物語がスタートする。力道山によるプロレスブームが、テレビというメディアができたタイミングで起きたブームだとすると、ビューティ・ペアのそれは家庭用カラーテレビの普及が一気に進み「メディアのトップがテレビ」という時代に起きたものだ。
その前、60~70年代前半を熱狂させたのはジャイアント馬場、アントニオ猪木によるプロレスブームであり、その人気は「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄がけん引したプロ野球と双璧をなすレベルにまで成長した。これで分かるのは、力道山ブームから女子プロレスブームまでの共通項は、「テレビ」と「興行」のズブズブ関係だ。
© Kimu/Netflix
ブームの仕掛け人たちによって、クラッシュ・ギャルズや極悪同盟が誕生
「極悪女王」の劇中でも厚く描かれているのだが、女子プロレスのブームは仕掛け人がいたのだ。テレビは高い視聴率をとれるコンテンツを常に探しており、プロレス団体は番組放映権によって得られるビッグマネーを求めていた。そしてそこに群がる各地の興行プロモーターは、スター出場によって得られる観客の入場料金に依存。
この三つどもえの関係性のうえに成り立っていたのが当時の女子プロレスであり、大成功例となったのがビューティ・ペアだった(それ以前にマッハ文朱やミミ萩原など、全女が生み出した単独のアイドルレスラーがいたことも忘れてはいけないのだが、本作では物語の時系列上省かれている)。
「極悪女王」では、村上淳、黒田大輔、斎藤工が演じている全女創業者の松永兄弟、音尾琢真が演じているプロモーター・阿部が、この商売の構造を描いたパートを担っている。
プロレスはプロアスリートによるスポーツ……ではなく、メディア・コンテンツのひとつだった。本作での問題提起の核となる部分だ。本作の序盤であるポスト・ビューティ・ペアの時代、スターが不在となり、テレビは視聴率の下がってきた女子プロレス放映をプライムタイムから落とそうとしていた。
一方の全女はなんとかして次の「ビューティ・ペア」を生み出そうと躍起に。ジャッキー佐藤が見せてきた本格的なレスリングに憧れて入所した松本香や長与千種らは、その現実を突きつけられ、どうすればプロレスができるのだろう、と暗中模索し、そこで、強さと美しさを兼備したクラッシュ・ギャルズが生まれる。
その後を追い、メディアと大衆を喜ばせるキャラクターとしてダンプ松本率いる極悪同盟が爆誕したのだ。そこからの熱狂は周知の事実だが、その裏で彼女らが人気レスラーというよりも、人気タレント化していくことにジレンマを抱え、自分がやりたいことと求められていることのギャップに苦しむ姿をとらえていることが、本作で最大の見せ場となっている。
© Courtesy of Netflix
メディアが作ったイメージに大衆までもが振り回された
自分らしく生き、それぞれを尊重し合うことが当たり前となっている今からすると、この構図におけるダンプ松本をはじめとする極悪同盟とクラッシュ・ギャルズはメディアの犠牲者に映るかもしれない。もちろん、その側面は否めないのだが、本作は彼女らだけでなく、メディアが生み出した女子プロレス人気の渦に巻き込まれた我々一般大衆の愚かさにもスポットを当てているところが素晴らしい。
乱闘上等でアイドルレスラーを流血沙汰にする極悪同盟にはカミソリが送られ、クラッシュ・ギャルズはサイン攻め。もともとジャッキー佐藤に憧れ、レスラーとして芽が出ないことを共に苦しんだ同期の光と闇は、メディアが作り出したイメージに振り回された大衆によって生まれた明暗だということに気付かされるはずだ。
「極悪女王」で物語の軸となるダンプ松本こと松本香、長与千種、ライオネス飛鳥こと北村智子を演じたのは、女子プロレスブームを知らない世代の俳優。ゆりやんレトリィバァ、唐田えりか、剛力彩芽だ。彼女らはあのころの本人たちを知るために、大量に残されているアーカイブ映像やインタビュー記事を調べまくり、本人への聞き取りもしている。
伝記ドラマとなるとだいたいは故人のそれだが、本作は主要キャラが現役で健在。演じる側としてはプレッシャーが大きいものの、得られる情報は多い。それでも、彼女らは口をそろえて「あの頃を知らないので」といっていたのが印象深い。
総監督を務めた白石和彌や企画と脚本を担当した鈴木おさむなど周囲のスタッフはもちろん、後楽園ホールなどで行われた試合シーンのロケ撮影に観客として参加したエキストラ(Netflix日本コンテンツ最大級)の多くが、当時熱狂した昔の子供たちだったことも、彼女らの引け目につながったのかもしれない。だが、長与千種と彼女が率いるマーベラスが鍛え上げた彼女らが本気の大技を決める本編を見れば、彼女らの不安は杞憂(きゆう)に過ぎないことが分かるだろう。
Netflixシリーズ「極悪女王」は独占配信中