毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。
2022.12.04
「定額働かせ放題」よ、さようなら
「定額働かせ放題」。映画界の悪習をこう表現するのは、「映画業界で働く女性を守る会」代表のSAORIさんだ。
撮影現場は作品を作る楽しさを求め自ら飛び込んだ人ばかりだから、不安定な契約で長時間労働を強いられても、「ヤバイね」と言いつつ楽しんでしまう。SAORIさんもそのひとりだった。高校時代にボランティアで撮影に関わったことをきっかけに映画界に足を踏み入れ、そのまま小道具として夢中で仕事をし、10年ほどキャリアを積んだ。
「これっておかしくない?」と気付いたのは出産、子育てを経て仕事に復帰してからだ。小道具は、画面に映る細々とした物を用意する。監督のイメージや時代背景に合わせ、ふさわしい物を探し、借りたり買ったり、あるいは作ったり、とにかく撮影日までにそろえなければならない。撮影部や照明部はカメラが回らない撮休日は休めるが、小道具は準備に走り回る。
swfiが配布する心得カード(上が表面)
「一緒に働く女性で子どもを持つ人はほとんどいなくて、出産したら『おめでとう、バイバイ』が当たり前だった」。自身も、出産後はもっと楽な仕事をしようと考えていたが、離れてみると映像の仕事こそやりたいことだと思い直す。ツテをたどって復帰はしたものの、いくつもの壁にぶつかった。
多くの現場で小道具は1人だけ、代わりがいない。実家に子どもを預け、出産前と同じように振る舞った。それでも「子どもがいるから無理でしょう」と悪意のない配慮で仕事は激減。子どもが言葉を覚えて母親の不在に不満を漏らすようになり、ママ友と話すと働き方の異常さが際立った。
撮影現場はフリーランスが多く、終われば解散。〝一般社会〟に疎くなる。働き方改革の旗を振る行政も、フリー労働者の実態を知らない。コネやツテが大事な映画業界で「面倒くさいヤツ」と思われれば干されかねず、不満もつい我慢しがち。しかし、このままでいいはずがない。「声を上げなければ届かない」と立ち上がった。
目指すのは業界を〝変える〟ではなく新しいやり方を〝作る〟だ。「この20年、何も変わっていない。『子どもがいる女性は土日と夜は働けないから、撮影現場は無理』という意識に挑んでも限界がある」。批判するだけでなく、提言を目指す。労働時間の管理を徹底する、複数の担当者を配置する。映画界にも働き方改革の波は及ぶが「制度を作ろうとしているのは古い体質の中でやれてきた人たち。若い人の声を取り入れてほしい」と訴える。
名前は「女性を守る会」だが、女性だけの問題ではない。世間では男性の育休が後押しされ、介護離職も問題になる。「全てのジェンダーが働きやすい映画界に」。swfiのホームページはこちら。