毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。
2024.7.10
都知事選前に上映中断 必要だったか「#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】」
今回の東京都知事選、なんだか品がなかった。とっぴな主張や外見の候補は毎回いるものの、選挙掲示板に候補者の顔も名前もない同じ柄のポスターが何枚も並んでいるような光景は、やはり異様だ。
でも、そんな嘆かわしい風潮も含めて、選挙は刺激的だ。当然、映画にもなっていて、ハリウッドなら「候補者ビル・マッケイ」「スイング・ステート」、韓国の「キングメーカー 大統領を作った男」、日本でも「善人の条件」「決戦は日曜日」と次々浮かんでくる。近年はドキュメンタリーが豊作だ。「選挙」「香川1区」「劇場版センキョナンデス」「れいわ一揆」……。選挙の裏側を知ることで民主主義や政治を考えるきっかけになるし、お祭りのような選挙戦には凝縮された人間の業や欲があらわになる。
さて、今回の都知事選で思いがけぬとばっちりを受けた映画もある。ドキュメンタリー「#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】」だ。5月17日、石丸伸二氏が都知事選出馬を表明したことを受け、同25日からの東京での公開が1週間に短縮され、告示前に上映が終了した。横浜では公開予定が選挙後に変更された。
映画はテレビ朝日系列の地方局、広島ホームテレビが製作。石丸氏が広島県安芸高田市長選に立候補してから4年にわたって取材を重ね、同局やテレビ朝日系で放送した内容に追加取材も加えた労作だ。市政刷新を掲げる石丸氏が次々と思い切った改革を打ち出すうちに、旧弊な議会との対立が深刻化する様子を克明に追う。事態の推移は劇的で、地方政治の実態、議会と首長の関係、政治における言葉の重みなど多くを考えさせる。
しかし石丸氏の出馬表明から間もなく、広島ホームテレビは、映画が「有権者の行動に影響することが懸念される」と打ち切りを決定する。石丸氏の出馬は想定外で、局内での議論を経た「苦渋の決断」という。テレビ局の「報道の中立性」という観点からはやむを得ないという見方もあろうが、どこか釈然としない。
というのもこの映画、石丸氏の人柄や政治手法の一端はうかがえるものの、それを論評する内容ではない。有権者に判断材料を与え、都知事選への関心を高めることはあっても、特定の投票行動を促すとは思えない。テレビで放送するならともかく、都内では2館だけの有料上映だ。劇場や配給は上映継続を望んだという。早々の打ち切りは過剰反応に見えるし、せめて告示までの上映という選択肢もあったのではないか。
幸い、映画は選挙終了後に再公開の予定という。今回の事態の是非は、ご自分の目で判断を。もっともこんな突発事件も、先読み不能な選挙の醍醐味(だいごみ)の一つ、と言えなくもないのだが。