「夜を越える旅」

「夜を越える旅」

2022.7.14

若い才能を後押し プチョン国際ファンタスティック映画祭の企画マーケット

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

新しい才能の発掘、育成も映画祭が重視する役割だ。プチョン国際映画祭も、才能の〝第一発見者〟になろうとアジアの若者たちの背中を押している。日本からも意欲ある作り手が参加した。
 

ItProject参加の日本映画「夜を越える旅」が凱旋上映

「自分たちの映画祭でデビューした」監督の活躍は、映画祭の評価を高め、その評判で作品と人が集まってくる。若い監督らを集めて集中的なワークショップを行ったり、作品の企画と製作者を結びつけたりする場としても大きな役割を果たしている。プチョンでも「プチョン・インダストリー・ギャザリング(B.I.G)」を開催。さまざまなプログラムを用意して、才能発掘、育成に取り組んでいる。資金が未調達の企画を集めて各国の製作者に提案するItProjectは、その一つだ。

第26回プチョン国際ファンタスティック映画祭の企画マーケット=2022年7月11日
 
今回の映画祭に出品された日本映画「夜を越える旅」は、一昨年のItProjectに参加した作品だ。映画祭は日本の映像産業振興機構(VIPO)と提携。VIPOは2本の推薦枠を持ち、企画を公募、選抜している。萱野孝幸監督と相川満寿美プロデューサーの「夜を越える旅」はその1本に選ばれて、20年のItProjectに参加した。映画は昨年完成し、プチョンでの〝凱旋(がいせん)上映〟を経てこの秋、日本で公開される予定だ。2人に、ItProjectでの体験を振り返ってもらった。
 

萱野孝幸監督 日本への関心実感

1週間の期間中は、連日ミーティングや内容を提案する企画ピッチを英語で行い、各国の製作者と20件ほどの面談を重ねた。萱野監督は「ストーリーの詳細など突っ込んだ質問を受け、ジャンルをミックスした点を面白がってもらえたようだ」と振り返る。相手もジャンル映画製作者が中心で、主人公が漫画家であること、閉塞(へいそく)感と無気力な若者像、「リング」「貞子」などの「Jホラー」との関連など、日本的な要素への関心を感じたという。
 
相川プロデューサーは萱野監督が以前に作った短編を見せるなど、監督の力量を示して面談に臨んだ。資金調達にはつながらなかったものの「作品と萱野監督を海外の製作者に認知してほしかった。その意味では大きな意義があった」と評価する。
 
面談では「海外との合作」との提案もあったという。条件が合わず実現には至らなかったが、「日本国内では知られず実績がなくても、企画と才能を認められればチャンスはある。監督の名前や出演者の日本での知名度は、国外ではあまり意味がない。国内で資金調達が難しくても、東南アジアの映画成長国などと組むことで実現する道もあるのではないか」と話す。「日本だと製作会社に『有名になってから』と断られるが、『自分たちが有名にする』という意欲も垣間見えた」
 

製作費のケタが違う

一方で、大きな差を感じたのは製作規模だ。萱野監督は「資料を見て『製作費のケタが間違っているのでは? 1ケタか、2ケタか?』と聞かれた」と苦笑する。ジャンル映画はどの国でも総じて低予算だが、それでも他国の企画は億円単位だった。

 「夜を越える旅」の萱野孝幸監督

相川プロデューサーは「黒澤明、小津安二郎、ゴジラ、ジブリなど日本映画はよく知られ、他のアジアとは違うという特別な印象を持たれているようだ。しかしアジア映画界が発展すれば、その好印象も薄れていくのではないか」と語っていた。

大手映画会社が海外展開に及び腰の姿勢が変わらない中、自ら飛び出そうとする製作者や監督も少しずつ増えている。漫画の原作ものやテレビドラマの劇場版がヒットする安全志向の日本では、若い作り手が大きな勝負をできる機会も仕組みもない。低予算で小規模でも優れた作品はあるものの、製作費の少なさは映像の貧弱さにつながる。韓国のように、若い作り手に企画開発から製作、公開まで手厚く支援し、才能育成に取り組んでいる国の作品と比べると、見劣りするのは否めない。
 

亀山睦実監督 自らメールで海外に売り込み

それならと、機会を求めて直接海外に挑戦する猛者も現れる。今回のItProjectに、日本から「LEFT HAND OF THE DEVIL」で選出された亀山睦実監督は、海外プロデューサーに自ら自分を売り込んだ。
 
日本でも自主製作で長短編を作ってきたが、さらなる機会をと、海外の製作会社に片っ端からメールを送ったという。すると英国の製作者から返信があり、日本人監督を探していると知らされた。スペインのグラフィックノベルが原作の、日本を舞台にしたアクション映画。話はまとまり、企画開発段階でItProjectの国内選考を通過した。
 
成立するかどうか不明だが、ItProjectを資金調達につなげ、企画を前進させたいと意気込んでいる。「製作費が少なければ、ロケ場所やカット数で妥協しなくてはならず、結果的に映像がスカスカになる。資金を製作準備やスタッフ編成に回し、見応えある作品を作りたい」と話していた。
 

国際共同製作の経験を

VIPOは「コンテンツ関連ビジネスマッチング事業」の一環として、19年からItProjectへの日本企画推薦を行っている。完成した作品をカタログ的に売り込むのではなく、国際共同製作ができるプロデューサーを育成し、ネットワークを作る機会を提供しようという目的だ。
 
VIPOの池田学・グローバル事業推進部マネージャーは「合作は予算規模も大きく、仕事も複雑。日本では海外展開への機運が乏しいために、経験が積めずますます進出できない。才能と企画にチャンスを与えたい」と話す。ItProjectの参加者に、英語での企画提案や書類の書き方の講習を提供し、経費面でも支援する。VIPOの山下七保子・同アシスタントマネージャーは「『夜を越える旅』のような事例を重ねることで、才能開花への道が広がっていくことを期待したい」と話していた。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。