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2024.12.08
日本の未来図かもしれない台湾映画「白衣蒼狗」 移民社会がもたらすもの
日本と同様に、労働力不足に直面する台湾は、東南アジアの労働者らが社会を支える。その労働者たちを取り巻く厳しい現実と社会のゆがみを真正面から描いた「白衣蒼狗(はくいそうく)」が、台湾で話題となった。11月の台湾最大の映画賞「第61回金馬奨」で7部門でノミネートされ、曽威量(チャン・ウェイリャン)監督と共同監督で妻の尹又巧(イン・ヨウチャオ)が新人監督賞を受賞。同月下旬には、「第25回東京フィルメックス」でも上映された。カンヌ国際映画祭ではカメラドール(新人監督賞)のスペシャルメンションを受けている。日本でも外国人労働者が置かれた劣悪な労働環境などが問題となる中、多くの視座を与えてくれる。曽監督に聞いた。
労働力不足、嫁不足解消に東南アジアから受け入れ
台湾は人口約2340万人の多民族社会で、中国大陸から渡った漢人や客家(ハッカ)と呼ばれる人々や、先住民らが暮らす。1990年代になると、経済発展とともに東南アジアからの移民が増えた。女性の社会進出を背景に深刻化した農村部の「嫁不足」解消のため、ベトナムなどから結婚で女性たちが移住。高速道路など大型インフラ建設の労働力不足を補うため、インドネシアやベトナム、フィリピン、タイなどから労働者の受け入れが本格化した。
今では80万人以上とも言われる外国人労働者が工場や建設現場で働いたり、高齢者介護を担うため家庭に住み込みで働いたりしている。介護では病院への付き添いや食事、散歩など日常生活に寄り添う。台湾人に比べると低賃金といった待遇面の課題を抱えている。
一方、生活が苦しい家庭は、正規ルートで外国人を雇うのが難しい。このため「不法移民」と呼ばれる外国人労働者たちが、より安い賃金で仕事を請け負う。法律の外に置かれ、安全な労働環境が担保されず、危険と隣り合わせの環境にある。労働力を外国人に依存する現状は、日本もほとんど変わらない。技能実習制度では転職を原則認めておらず、失踪者が後を絶たないのは、職場での暴行やパワハラ、セクハラなど劣悪な労働環境に耐えきれなくなったのが一因とも言われる。失踪した外国人が闇に落ち、犯罪組織に巻き込まれるケースも少なくない。技能実習制度に代わり、今後は長く働ける仕組みとされる育成就労制度に切り替わるが、人権や安全な労働環境がしっかり守られる仕組みづくりは急務だ。
「白衣蒼狗」=金馬影展執行委員会提供
「不法移民」の窮状、搾取される構図
本作は、こうした台湾の「不法移民」の窮状を捉え、社会の暗部に鋭く斬り込んだ。物語の主人公はタイから来た「不法移民」の青年で、台湾の山間部にある田舎町で、高齢者や障害者の介護の仕事をしている。労働者たちを働かせているボスとの仲介役でもある。まるで奴隷のような劣悪な生活・労働環境で、闇社会の階層の底辺に置かれ、搾取される構図が見えてくる。
曽監督は2017年から、作品の構想を練ってきたという。87年、シンガポール生まれ。台湾ニューシネマに強くひかれて台湾に渡り、台北芸術大で映画演出の修士号を取得した。台湾を拠点に、東南アジアの移民に焦点を当てた作品を手がけてきた。
本作の製作を思い立ったのは、入管で出会った東南アジアの労働者たちの過酷な境遇を知り、憤りを感じたからだ。監督の親戚が病に倒れた際、家庭で介護することになったミャンマー人との意思疎通が難しく、寝たきり状態になってしまったこともきっかけの一つだという。「映画でもっとできることがあるはずだ」。映画の社会的責任について自問し、自身初となる長編作に挑んだ。
介護セーフティーネットの脆弱性浮き彫り
曽監督は「不法移民」について調べる中、台湾のへき地医療の体制不足や、生活に困窮する家庭では高齢者や障害者の介護を「不法移民」に依存している実態を知った。「山間部では介護が必要な人も、その人を介護する東南アジアの労働者たちも見えない存在になっていた」。その実態から、介護制度などセーフティーネットの脆弱(ぜいじゃく)性が浮かび上がる。高齢化が進む日本社会でも、今後こうした問題が起こるかもしれない。
本作には、不法移民の青年、彼らを雇うボス、障害者の息子の介護を頼む高齢の母親らが登場するが、「それぞれの立場があり、誰も悪い人はいない」と語る。移民たちの苦境に迫り、その心情を丹念に描いている。主人公の優しい人柄が静かに伝わってくるのが印象的だ。題名の「白衣蒼狗」については「(唐代の詩人)杜甫が書いている成語で、うつろいやすい、はかないという意味。作品にぴったりくると思った」と明かす。
「不法移民」の実態をえぐり出した本作は、台湾社会に大きな衝撃を与えた。金馬奨の映画祭で上映されると、チケットが完売した回が相次いだ。その反響の大きさが、社会に広がる問題の深刻さを物語る。人間の尊厳とは何かを深く考えさせられる一作だ。