「呪われたジェシカ」©1971 The Jessica Company. All Rights ReservedTM, (R) & Copyright©2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

「呪われたジェシカ」©1971 The Jessica Company. All Rights ReservedTM, (R) & Copyright©2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

2023.1.10

不吉な予兆と不可解な終幕 観客も幻惑する鬱ホラー 「呪われたジェシカ」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

1971年製作のアメリカ映画「呪われたジェシカ」は、冒頭にハリウッドメジャーの映画会社パラマウントのロゴがついているが、その中身は低予算のインディーズホラーだ。完成した時点で配給会社が決まっていなかったこの映画は、パラマウントが買い付けて全米公開したことで日の目を見た。「LET'S SCARE JESSICA TO DEATH(ジェシカを死ぬほど怖がらせよう)」という奇妙な英語題名は、当時パラマウントの重役を務めていたフランク・ヤブランスが命名したものだという。
 
本作は日本でも72年の夏に劇場公開されたが、長らく未ソフト化だったため、少年時代からホラーの物色に余念がなかった筆者もその存在さえ知らなかった。ところが、出会いは突然やってきた。

キーワード「現実を侵食する悪夢」

それは90年代半ば、ある土曜日の昼下がりのこと。特に予定もなく自宅アパートのベッドで寝そべりながらWOWOWをつけっぱなしにしていたら、「呪われたジェシカ」が放映されたのだ。そして「これが現実に起こったこととは、とても信じられない。これは夢? それとも悪夢?」という女性主人公のモノローグから始まる恐ろしくも摩訶(まか)不思議な映像世界にたちまち引き込まれ、しまいには戦慄(せんりつ)を伴う感動に身震いするはめになった。それは、まったくもって予期せぬ白昼夢のような体験だった。
 
映画は主人公ジェシカが、夫のダンカン、友人のウディとともに車(なぜか真っ黒な霊きゅう車!)で田舎町に引っ越してくるところから始まる。精神科病院を退院したばかりのジェシカは、大都会ニューヨークの喧噪(けんそう)から逃れ、緑豊かなこの町で療養を兼ねた新たな生活をスタートさせようとしていた。しかし到着早々、ジェシカは幻聴に悩まされ、墓場で謎めいた金髪の少女の姿を目撃する……。


 

低予算、ノースターの心理恐怖劇

製作費25万ドル、わずか26日で撮影された本作には有名なスター俳優は出ていないし、派手な見せ場があるわけでもない。「回転」(61年)、「ローズマリーの赤ちゃん」(68年)、「ロバート・アルトマンのイメージズ」(72年)などと同様に、〝抑圧され、孤立した女性〟の内面をあぶり出したサイコロジカルな恐怖劇である。
 
映画が進むごとにジェシカの精神不安は深刻化していき、湖で水遊びしていた彼女は何者かに水中に引きずり込まれそうになる。さらには前述した墓場の少女に導かれ、水辺で中年男性の血まみれ死体を発見するのだが、それを夫に知らせると死体はこつ然と消えてしまう。見ているこちらにも、それらが実際に起こった出来事なのか、ジェシカの妄想なのか判然としない。
 
田舎町の住民たちはなぜ身体の一部に包帯を巻いていて、なぜジェシカらに敵対的な態度を取るのか。序盤から不吉な予兆を抱かせるこの映画は、ジェシカを取り巻く現実がえたいの知れない悪夢に侵食される様を描き、救いようのないクライマックスに突き進んでいく。


 

壊れゆく女性演じ ミア・ファローに劣らぬゾーラ・ランパート

ロケ地となったコネティカット州のうら寂しい秋景色をカメラに収めた映像、自然のざわめきや電子音楽をフィーチャーした音響効果は、極めて繊細な仕上がり。主演女優ゾーラ・ランパートは撮影時30代半ばだったが、少女のようなあどけなさをふりまき、「回転」のデボラ・カー、「ローズマリーの赤ちゃん」のミア・ファローに勝るとも劣らない迫真の演技で、どうしようもなくもろく壊れゆくジェシカを体現した。
 
本作は「回転」「ローズマリーの赤ちゃん」のように完成度の高い作品ではなく、インディペンデント映画らしいあらも目につく。前半でジェシカを脅かすのは〝幽霊〟であり、観客の誰もが「これは心霊ホラーなのだな」と見なすだろう。ところが実はこの映画、異色の〝吸血鬼〟ものでもあるのだ。ひとつの世界観の中に幽霊と吸血鬼を同時に登場させたら、観客が混乱するのは当然だろう。劇中で提示されるいくつかのミステリーも解かれぬまま放置され、脚本の練り上げ不足は否めない。
 

惨劇は孤独な魂を救ったのか

しかしながら本作は、そうした〝不完全さ〟を補って余りある魅惑に満ちあふれている。ジェシカがオレンジ色の朝日に染まった湖に行き着くエンディングでは、「これが現実に起こったこととは、とても信じられない。これは夢? それとも悪夢?」という冒頭のうつろなモノローグが反復される。
 
「……狂気か、正気か、私にはもうわからない」。霞(かすみ)がかかった夢のように幕を閉じるこの映画は、見る者の想像力を刺激してやまない。幽霊や吸血鬼によってたかって死ぬほど怖い目に遭わされたジェシカは、ひょっとすると「救いようのない惨劇によって〝救われた〟のではないか」という逆説的な解釈さえ可能にする。
 
そして、70年代に作られた〝抑圧され、孤立した女性主人公〟の映画と言えば、くしくも昨年、バーバラ・ローデン監督の「WANDA/ワンダ」(70年)、シャンタル・アケルマン監督の「ブリュッセル 1080 コメルス河畔通り 23番地 ジャンヌ・ディエルマン」(75年)が相次いで初公開され、大きな反響を呼んだ。そこに黄昏(たそがれ)の鬱ホラー「呪われたジェシカ」を、そっと並べてみるのも一興ではあるまいか。

 

「呪われたジェシカ」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからDVD発売中。1572円。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

新着記事