ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
2023.5.25
黒人襲う〝人類最良の友〟 名匠サミュエル・フラーのお蔵入りした問題作「ホワイト・ドッグ 魔犬」:謎とスリルのアンソロジー
犬という動物は〝人類最良の友〟と言われるだけあって、恐ろしい怪物として描いて成功した作品はほとんどない。ハリウッドの動物パニック映画ブームのまっただ中に作られた「ドッグ」(1976年)、「怒りの群れ」(77年)はパンチ不足だったし、狂犬病のセントバーナードが車中に避難した親子を追いつめる「クジョー」(83年)も、スティーブン・キングの原作小説のほうが怖かった。カンヌ国際映画祭でパルムドッグ賞を受賞した「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲(ラプソディ)」は、250匹の犬軍団が人類への反乱を起こすスペクタクルが壮観だったが、神秘的な寓話(ぐうわ)ゆえに怖さは控えめだった。
キーワード「社会問題を射抜く寓意」
ところが同じ寓話でも、今回紹介する作品ははるかに恐ろしい。サミュエル・フラー監督が戦争映画の快作「最前線物語」(80年)に続いて発表した「ホワイト・ドッグ 魔犬」(81年)である。
ある夜、若い女優のジュリーが車で白いシェパードをはねてしまい、病院で手当てを受けさせる。その犬を引き取ったジュリーは、撮影現場にも連れて行くようになるが、共演者の黒人女優が犬に嚙(か)まれてしまう。実はこの犬は、黒人だけを襲う特異な習性を持つ攻撃犬だったのだ。犬を安楽死させることは避けたいジュリーは、動物の調教場で働く黒人調教師キーズに犬を預けるのだが……。
差別主義者の邪悪な調教
〝ホワイト・ドッグ〟とは白人の人種差別主義者によって、黒人を襲うよう教育された犬のこと。普段はおとなしく、飼い主となったジュリーを無邪気に慕う大型のシェパードが、黒人を目の当たりにした途端に獰猛(どうもう)化し、牙を剝(む)いてうなり声を上げる。その豹変(ひょうへん)ぶりに戦慄(せんりつ)を覚えずにいられない。
卑劣なのは人種差別主義者であり、犬に罪はない。そう考える調教師のキーズは矯正しようと決意する。彼が悲壮な覚悟で身を投じる攻撃犬との1対1の闘いは、この世にはびこる差別への抵抗そのものだ。しかし檻(おり)を脱走した犬は住宅街で遭遇した黒人男性に襲いかかり、教会で殺害してしまう。シェパードの白い毛が血に染まるイメージの何たる鮮烈さ! DVDのジャケット写真に映っている犬のおどろおどろしいクローズアップは、決して誇張ではない。
抗議で受難 公開縮小
映画監督、脚本家として活躍し、ジーン・セバーグの夫でもあったロマン・ガリーが70年に発表した小説に基づくこの企画は、当初ロマン・ポランスキーがメガホンを取る予定だった。ところが、少女への強姦(ごうかん)罪で有罪となったポランスキーが国外逃亡したため、製作は中断。それから数年後、本作の脚本を担当していたカーティス・ハンソンの推薦により、サミュエル・フラーを監督に迎えてプロジェクトは再起動した。
しかし人種差別というデリケートなテーマを扱うこの企画には、意外なところからイチャモンがついた。全米黒人地位向上協会(NAACP)などの団体が、撮影開始前から本作が人種間の暴力を助長するという懸念を表明。映画の完成後も団体からのボイコットの圧力は続き、作品への誤解を恐れたパラマウントは一部劇場での短期公開にとどめた。主演女優のクリスティ・マクニコルは、テイタム・オニールと共演した「リトル・ダーリング」(80年)で当時日本でも絶大な人気を博していたが、本作が日本で封切られたのは90年のことだった。
そんな外野での思わぬ騒動にもかかわらず、人種間の問題を扱った経験も豊富なフラーは真剣に取り組んだ。明らかに低予算であるこの企画を安易な動物パニックものに貶(おとし)めることなく、物悲しいエモーションに満ちあふれた骨太な社会派スリラーに仕上げた。
衝撃的なラストシーン
黒人調教師と攻撃犬の壮絶な闘いを通して描かれるのは、「差別を矯正することは可能なのか?」という比喩的な問いかけだ。このテーマを追求するにあたってもフラーは妥協しなかった。原作にはない衝撃性と複雑さをはらんだラストシーンを映像化し、観客に思考を促したのだ。差別という病気を治癒したとしても、一度植えつけられた憎しみの感情は癒やされるのだろうか、と。
作品が日の目を見る以前から政治問題化された本作は、事実上お蔵入りを余儀なくされ、失望したフラーは82年にフランスへ移り住む。これが彼にとっての最後のアメリカ映画となった。
「ホワイト・ドッグ 魔犬」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからDVD発売中。1572円。