「ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?~」より  © 2023 Netflix, Inc.

「ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?~」より  © 2023 Netflix, Inc.

2023.8.07

ある種の理想的な映画になっている「ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?~」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

須永貴子

ネタバレラインが難しい作品だが、日本版タイトルが「ゼイ・クローン・タイローン 〜俺たちクローン?〜」と言ってしまっているので、ストーリーの大オチや核心部分以外については書いてしまおう。それも避けたい方は、鑑賞後に読んでいただきたい。
 

架空の街が舞台、あるきっかけで陰謀に立ち向かう3人を描くミステリーコメディー

 本作は、7月14日にABFF(American Black Film Festival)のオープニング作品として上映され、7月21日にアメリカの劇場で封切られると同時にNetflixで世界配信が始まった。監督は本作が初長編作品となるジュエル・テイラーで、トニー・レッテンマイヤーと共同で脚本も手掛けている。
 
舞台は、アメリカの行き場のない貧しい黒人が集まる架空の町。ちなみにメインのロケ地がジョージア州アトランタで、テイラー監督の出身地が隣接するアラバマ州タスキーギ、劇中であるキャラクターがメンフィスに引っ越そうとするので、アメリカ南部のどこかと見て問題はないだろう。
 
ドラッグの売人フォンテーン(ジョン・ボイエガ)は、ある晩にモーテルの駐車場で、ライバルのアイザックに射殺されるが、翌朝自宅のベッドで無傷で目を覚ます。ポン引きのスリック(ジェイミー・フォックス)と売春婦のヨーヨー(テヨナ・パリス)は、6発も銃弾を受けたはずのフォンテーンが無傷で、しかも昨晩の記憶を失っているという異常事態に衝撃を受け、3人はフォンテーンの身に何が起きているのかを調査し始める。
 
ここで大活躍するのが、ミステリー愛好家のヨーヨーだ。祖母と2人で暮らす彼女の部屋は、子供の頃からの好きなもので埋め尽くされていて、彼女が小説や映画、ドラマに関する豊富な知識を持っているのもうなずける。彼女は自分たちの状況を「インビジブル」や「X-ファイル」に例えながら、脳内リファレンスを駆使し、すぐに陰謀論にたどり着く。
 
その陰謀とは、人気ファストフード店のフライドチキン、教会で振る舞われるグレープジュース、縮毛矯正ヘアクリームなどに特殊な化学物質が混入されていて、黒人がマインドコントロールされているというものだった。その物質は、町の地下にある政府支援の広大な研究所で製造されていて、その研究所では地元の黒人を対象にさまざまな実験が行われている。
 
黒人のクローンも製造されており、フォンテーンもやはりクローンだったのだ。研究所に侵入した3人は「『時計じかけのオレンジ』だ!」と恐怖に震え、撤退しようとするが、同胞のために白人組織に立ち向かう。フォンテーンはアイデンティティーを失い、自分がただの駒であることに衝撃を受けるが、その絶望を乗り越えていく。
 

粋なセンスとテクニックの持ち主、ジュエル・テイラー監督に注目

 本作の良い意味での巧妙さは、キャラクターの軽妙な掛け合いにより、SFコメディー〟としてジャンル分けがされて当然の見やすい仕上がりにしつつ、その実態はディストピア映画、プロテストムービー、クライムアクションが共存するBLM映画である、というところにある。その仕掛けとなるものが、あちこちにりばめられた、分かる人には分かるキーとなるアイテムや設定だ。
 
フォンテーンたちの前に立ちはだかる研究所の責任者の名前がニクソン(キーファー・サザーランド)というのは、わかりやすい例だろう。この人物が研究目的を明かすシーンは、支配者層の本音を知るためにも、一言一句聞き逃さないでほしい。
 
そして、化学物質を混入させたフライドチキン、グレープジュース、ヘアクリームや、ニクソンが黒人を意のままにコントロールするときに使うコードワード「オリンピア・ブラック」といった断片は、黒人への偏見や人種差別の歴史にひもづいているという。これは、お恥ずかしながら、鑑賞後のリサーチで初めて知った知識である。
 
本作は、そういった背景や意味を知らなくても問題なく楽しめるが、その意味を少しでも知るとより深く作品や世界を理解できる構造になっている。これはある種の理想的な映画の作り方。さすが、2019年のブラックリスト(映画化されていない優秀な脚本リスト)に選ばれた脚本だ。
 
「彼らがタイローンのクローンを造った」という意味のタイトルにも仕掛けがつ施されている。フォンテーンたちの町にタイローンはいない。ではどこに? それもエンドロールで確認を。この粋なセンスとテクニックの持ち主である、36歳のジュエル・テイラー監督の今後にも注目したい。
 
「ゼイ・クローン・タイローン ~俺たちクローン?~」はNetflixで配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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