毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2022.3.31
トピックス:英雄の証明
第74回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞したイランのアスガー・ファルハディ監督の人間ドラマ。主人公ラヒム(アミル・ジャディディ)は、借金を返せなかった罪で服役中の身。休暇を得て一時的に釈放された彼は、恋人が拾った金貨入りのバッグを落とし主に返したことで、正直者の囚人としてマスコミに報じられる。ラヒムのもとには借金返済のための寄付が集まるが、彼の美談が作り話ではないかとのうわさが広まり……。
ひょんなことから英雄に祭り上げられた男が、SNSを介した風評によりペテン師呼ばわりされていく皮肉な物語。ファルハディ監督はごく平凡な主人公を取り巻く家族や関係者の人間模様をきめ細かに描き、〝真実〟がいっそう曖昧になった現代の世相を鋭くあぶり出す。終始不安げにラヒムを見つめる幼い息子のまなざしも取り入れ、人間の尊厳にも触れたドラマの懐の深さはさすが。豊かな感情とサスペンスが交じり合った映像世界に引き込まれずにいられない。2時間7分。東京・シネスイッチ銀座、大阪・シネマート心斎橋ほか。(諭)
ここに注目
主人公は自分を守るためにうそをつき、それがうそを呼ぶ。周囲の人も含め、ファルハディ監督は善人とも悪人ともつかぬ人間のもろさを描き出すのが抜群にうまい。明確な答えを示さないラストも監督ならではだが、子供が巻き込まれる物語だけにやるせなく複雑な後味が残る。(細)