「ノマドランド」 

「ノマドランド」 © 2021 20th Century Studios. All rights reserved.

2021.3.25

この1本:「ノマドランド」 希望と喪失 漂う思い

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

日本における〝ノマド〟は場所や時間にとらわれずに働く人々を指すが、本作が描くのはこの言葉の本来の意味である〝放浪の民〟たちだ。ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーがリーマン・ショック後の米国で急増した現代のノマドを取材したノンフィクションを映画化。全米賞レースを快走し、来るアカデミー賞でも受賞が有力視されている。

主人公は夫に先立たれ、企業の倒産で町から立ち退かされた60代のファーン(フランシス・マクドーマンド)。バンでの車上生活を始めた彼女は、アマゾンの配送センターなどで働きながら、同じ境遇の人々と交流していく。

ファーンは金融危機のあおりを食って路上に放り出された社会的弱者だが、若き中国系の新鋭監督クロエ・ジャオは、政治経済の問題を背景にとどめ、観(み)る者をノマドの共同体の内側へ誘う。生活の基盤を持たない季節労働者である実際のノマドをキャストに起用。虚構と現実の垣根を溶かし、架空の主人公ファーンが幾多の物理的な苦難を経験しながら、未知なる生き方を模索していく姿を映し出す。

少人数のクルーが半年も西部を旅するというハリウッド映画としては異例の撮影を実践し、雄大な原風景をカメラに収めた。しかしロマンに満ちた往年の西部劇や冒険映画とは見え方が違う。荒野や岩山には美しくも物悲しい詩情が漂い、人間のちっぽけさを残酷に浮かび上がらせる。その半面、世のしがらみから解放されたファーンは、「私はホームレスじゃない。ハウスレスよ」と元教え子に告げ、気高く前へ進もうとする。

希望と喪失、自由と孤独が表裏一体となった本作は、いわば目的地も終着点もないロードムービーだ。家も故郷もすべて失った漂流者の心のひだに触れ、〝生きる〟という根源的なテーマへの新たな視界を開いた。そこにこの映画の得難い価値がある。1時間48分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズ梅田ほか。(諭)

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