「アポロ10号1/2:宇宙時代のアドベンチャー」より Netflix © 2022

「アポロ10号1/2:宇宙時代のアドベンチャー」より Netflix © 2022

2023.7.03

リチャード・リンクレイター監督自身の着想から生まれた「アポロ10号 1/2:宇宙時代のアドベンチャー」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

村山章

村山章

リチャード・リンクレイター監督は、ひとりの少年の成長を、同じ子役を使って12年間かけて撮影し、映画「6才のボクが、大人になるまで。」(2014年)として発表した。その製作途中にリンクレイター自身が育った1960年代の少年時代について思いをはせ、「アポロ10号 1/2: 宇宙時代のアドベンチャー」の着想を得たという。
 

リンクレイター監督の出身地、テキサス州を舞台にしたアニメーション

舞台はリンクレイターの出身地であるテキサス州。NASA(アメリカ航空宇宙局)のお膝元であるヒューストンに暮らす少年スタンリーは、アポロ11号による人類初の月面着陸を目前にした極秘プロジェクトにスカウトされる。
 
なんと設計上の手違いで子供にしか乗れないサイズの宇宙船ができてしまい、アポロ11号に先んじるためテスト飛行のパイロットになってほしい、というのだ。かくしてスタンリーが乗る宇宙船は「アポロ10号1/2」と名付けられ、スタンリーは親にも内緒で、宇宙飛行士としての訓練を受けることになる‥‥‥。
 
と、こう説明すると架空の歴史を描いたレトロSFにも思えるが、リンクレイターの狙いは荒唐無稽(むけい)なホラ話ではない。アポロ10号1/2のエピソードはあくまでもスタンリー少年の夢想であって、主軸となるのは、アメリカがソ連とのムーンレース(どちらが先に月に到達するかの国家間競争)に沸く中で、ごく平凡なひと夏を過ごすスタンリーの姿なのである。
 
当初、リンクレイターは実写映画にするつもりだったが、「ウェイキング・ライフ」や「スキャナー・ダークリー」で使用したロトスコープの手法を使ったアニメーション作品に方針転換した。実際に役者が演技をするところを撮影して、その映像をもとに二次元のアニメーションに置き換えるのだ(岩井俊二監督も似た手法を「花とアリス殺人事件」で採用している)。
 

アニメーションにしたことで、実写ではできない時代の再現が可能に

アニメーション化することで、60年代の少年から見た日常の風景が、ノスタルジックなファンタジーとして、同時に実写映画よりも正確な風俗描写として映像化されることになった。というのも、ペタっとした色で塗られた映像は、どこか夢の中の遠い記憶のようであり、それでいて実写ではできない時代の正確な再現が可能になっている。
 
たとえば劇中に、アポロ11号が月面着陸するその日に地元のテーマパーク、アストロワールドのチケットが手に入ってしまうシーンがある。スタンリーと兄弟姉妹は、一日中テレビの前で歴史的偉業を固唾(かたず)をのんで見守るか、昼間はアストロワールドで力いっぱい遊ぶかの二択を選ぶことになる。もちろん子供たちはテーマパークで大はしゃぎするのだが、おかげで肝心の月面着陸の時間には、心地よい疲労とまどろみに沈んでしまうのである。
 
アストロワールドは月面着陸の1年前、68年に開業した実在のテーマパークだが、05年に閉業してしまった。つまり実写映画にアストロワールドを登場させるには、大金を投じて巨大なセットを建てるか、コンピューターグラフィックス(CG)技術を駆使して当時の姿を復活させる必要がある。しかし本作はアニメーションなので、当時の記録をもとに、アストロワールドの絵を描けばいいのだ。
 
リンクレイターは、アストロワールドを蘇(よみがえ)らせるために、当時のホームビデオも募集している。一般の家庭から届いた映像は作品のために参照されただけでなく、ホームビデオをそのままロトスコープでアニメ化し、劇中で使用もされている。提供した人にしてみれば、自分の思い出がそのまま映画の中に登場したことになる。
 
ほかにも60年代のアメリカの一般的家庭のインテリア、ヒューストンの日常風景、食事のメニューにいたるまで、こと細かに描写されている。まるで当時にタイムスリップしたような、と書くといかにも手あかが付いた表現に思えるが、まさに当時の子供が過ごしていた時間をそのまま体感させてくれる作品になっている。
 

日常にフォーカスしたことで、今の社会のあり方をも映し出す

ただし、懐古主義を楽しむだけの作品ではない。あえてありふれた日常にフォーカスすることで、われわれが生きているいまの時代との相違と、今も変わっていない価値観や社会のあり方がおのずと浮かび上がるのだ。日本人の目からすれば、昭和を振り返るのにも似ている。学校でも家庭でも体罰は当たり前、父親は強い存在で、子供は誰にとめられることもなく危険な遊びに興じていた。
 
一方で、世界の悲惨なありさまを嘆く人がいれば、半径数メートルの平穏さに満足している人もいる。月面着陸という新時代の象徴的な偉業に夢中な人もいれば、現実の社会問題から目をそらす無駄づかいだと吐き捨てる人もいる。つまり半世紀以上の歳月を経た今でも、変わっているようで変わっていない。
 
もしくは、本質は変わっていないようで、何かが決定的に違ってしまっている気もする。映画の印象は、見る人によって大きく異なるにちがいない。いずれにせよ、記憶の奥の扉が開かれるような懐かしさと、ほろ苦いチクリとした痛みが、能天気でのんべんだらりとしたスタンリーと家族の日常から感じ取れるはずだ。
 
大人になったスタンリーの声で、作品のナレーター役を務めているのはジャック・ブラック。リンクレイターとは「スクール・オブ・ロック」(03年)などでコラボしてきた旧知の間柄だ。いつものハイテンションな演技は控えめに、少年時代を慈しむような語りも一緒に楽しんでいただきたい。
 
Netflix映画「アポロ10号1/2:宇宙時代のアドベンチャー」は独占配信中

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

この記事の写真を見る

  • 「アポロ10号1/2:宇宙時代のアドベンチャー」より Netflix © 2022
さらに写真を見る(合計1枚)