ひとしねま

2022.3.03

シネマの週末・チャートの裏側:戦争の傷痕にじむポワロ

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ロシアのウクライナ侵攻開始から3日目に「ナイル殺人事件」を見た。冒頭シーンにドキッとした。第一次世界大戦真っただ中の欧州戦線だった。兵士たちが塹壕(ざんごう)の中を行き交う。その姿にウクライナの戦闘が重なる。短い時間ながら、正常な感覚では映画を見られなかった。

アガサ・クリスティー原作によるミステリー娯楽大作だ。映画化2作目だが、1979年正月映画の1作目に戦争の影はない。エジプトの旅情を存分に盛り込んだミステリーが、オールスターキャストで描かれた。当時、クリスティーファンや女性客を多く集めて大ヒットした。

もちろん今回も、旅情テイストと犯人捜しの過程が大きな魅力となる。ただ、冒頭シーンにも絡むが、探偵ポワロの表情、心根には戦争の傷痕がにじむ。これが捜査とも密接にかかわる。監督兼ポワロ役のケネス・ブラナーが素晴らしい。本作に対する先入観が覆される。

映画館では、女性の一人客が結構目立っているのに興味を覚えたが、43年前の華々しい興行の面影は薄い。当初の公開は2020年12月だった。それが、このタイミングである。戦争の生々しい痕跡がべったり張り付いた2作目は、1作目とはまた異なった趣をもつ。探偵業に没頭するポワロの内面の一端があらわになる。ラストは希望である。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)