「ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ」

「ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ」 © 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.

2022.2.03

この1本:「ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ」 溺れながら歌で闘う

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

ビリー・ホリデイの「奇妙な果実」は、米南部で拷問死した黒人の死体が木につるされた情景を描写した、差別を告発し抗議する曲だ。ホリデイが1930年代に歌い始め、代表曲となった。米国の黒人公民権運動が盛り上がりつつあった時代、米政府はこの歌を危険視し、ホリデイに歌わせまいと画策した。政府の圧力と、それに抗したホリデイとの闘いを描いたのが、この映画である。

47年、ホリデイは熱烈なファンの黒人青年、フレッチャー(トレヴァンテ・ローズ)と親しくなる。実は彼は麻薬取締局の捜査官で、ホリデイは逮捕され実刑判決を受ける。しかし1年後に出所するとファンが出迎え、カーネギーホールでのコンサートは大成功。フレッチャーはさらなる工作を命じられるが、黒人を狙い撃ちする命令に疑いを持つようになっていく。

執拗(しつよう)に圧力をかけ、策を弄(ろう)してホリデイを陥れようとする麻薬取締局と、強い意志とファンの後押しで歌い続けるホリデイ。映画は米政府の理不尽を糾弾するが、ホリデイも問題を抱えている。

幼少期に両親の愛情を受けられず虐待され、黒人への差別におびえながら育ったために深い傷を負っている。薬物を断つことができず、言い寄ってくる男たちにすがっては利用されて裏切られ、彼女を支える仲間さえも遠ざけて孤立する。全面的な共感は抱きにくい人物なのだ。リアリズム一辺倒でない描写も感情移入を妨げるから、物語はともすれば散漫だ。

ただその中で、黒人差別への憤りと、それを表現した「奇妙な果実」の音楽は強く刻印されて、映画の揺るぎない柱となる。人気歌手のアンドラ・デイが、敬愛するホリデイを熱演。演技は初めてというが、歌に込められたメッセージを全身で表現して圧巻だ。リー・ダニエルズ監督。2時間11分。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほかで11日から。(勝)

異論あり

アルコールやセックス、ドラッグに依存し、差別に立ち向かってステージで歌い続けたビリー・ホリデイの生涯はドキュメンタリー映画「BILLIE ビリー」にも描かれている。本作では男性たちに操られているかのような側面に焦点が当てられ、弱さと強さを併せ持ちながらも、人を引きつける人物としての描写が少なく感じられた。エピソードが連なり、どこか再現ドラマ風の印象も受ける。しかし、体当たりでビリーを演じたアンドラ・デイには心を揺さぶられた。とりわけ魂を振り絞るような「奇妙な果実」の歌声は忘れがたい。(細)

技あり

ダニエルズ監督の「大統領の執事の涙」も撮ったアンドリュー・ダン撮影監督の仕事。カーネギーホールでのコンサート場面がいい。慣例を破って客席に黒人と白人を同席させる。撮影は会場入り口と楽屋、舞台が中心だ。楽屋は白熱灯が効き、ホリデイが好きな白クチナシがアップの髪に映える。舞台では後ろ姿の引きがいい。フットライトで輪郭が浮き、彼女の動きで左右からビームが入る広角レンズのカット。入り口付近は白黒で時代を出したが、ザラつく粒子の画面に縦の黒線入りは、やりすぎか。モラトリアム世代の緊張感がある。(渡)

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