ノーカントリー2(C) 2007 by Paramount Vantage, a Division of Paramount Pictures and Miramax Film Corp. All Rights Reserved.

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2022.5.16

謎とスリルのアンソロジー:「ノーカントリー」死に神がどこまでも追ってくる!

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

キーワード「執拗(しつよう)な追跡者」


コーエン兄弟が放ったネオウエスタンの悪役アントン・シガー

①「羊たちの沈黙」(1991年)のハンニバル・レクター
②「サイコ」(60年)のノーマン・ベイツ
③「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」(80年)のダース・ベイダー
 
これはアメリカ映画協会(AFI)が、アメリカ映画誕生100年を記念して発表した「ヒーローと悪役ベスト100」における悪役のトップ3だ。知名度もインパクトも圧倒的な3人だが、このランキングは2003年に発表されたものなので、今アップデートすれば「ダークナイト」(08年)のジョーカー、「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」(18年)のサノスあたりがその牙城に迫るだろう。しかし、もしも筆者に投票権が与えられたら、一票を投じるのはこの悪役かもしれない。「ノーカントリー」(07年)のアントン・シガーである。
 
1980年、米テキサス州の荒野でベトナム帰りの溶接工モス(ジョシュ・ブローリン)が、偶然にも麻薬密売人たちの銃撃戦があった現場に出くわす。死屍(しし)累々のその現場で200万ドルの札束が詰まったトランクを発見したモスは、それが危険な金だと察しながらも持ち去ってしまう。やがてモスの嫌な予感は的中し、ギャングに雇われた殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)が追跡を開始。シガーの凶行によって死者が続出するなか、地元の老保安官エド・トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)が捜査に乗り出すが……。


 

ハビエル・バルデムの圧倒的怪演!

本連載で過去に取り上げた「ジャッカルの日」「監視者たち」では犯罪者VS捜査機関の攻防がスリリングに繰り広げられたが、コーエン兄弟がコーマック・マッカーシーの神話的なクライムノベル「血と暴力の国」を映画化した本作はそうではない。つい欲望に負けてギャングの大金を持ち逃げするという罪を犯した男が、えたいの知れない殺し屋にひたすら〝追いつめられていく〟話である。
 
アクの強すぎる顔立ちにおかっぱヘアのH・バルデムの風貌からして不気味の極みだが、シガーが携える酸素ボンベの活用法も恐ろしい。ボンベの空気圧によってロックされた扉の錠前を破壊し、時には人間の額をも撃ち抜く描写は、映画史上における新たな凶器の〝発明〟と言ってもいい。しかもシガーには社会のルールも、道徳的な規範も一切通用しない。いわば〝純粋な悪〟であり、人間の姿形を借りた死に神のようなキャラクターだ。
 
そんな神出鬼没の死に神シガーに取りつかれてしまったモスは不運としか言いようがないが、ベトナム帰還兵であるモスはこのうえなく用心深い性格の持ち主として描かれている。逃走したモスが最初に転がり込むモーテルのシークエンスが素晴らしい。まず大金入りのトランクを通風ダクトに隠したうえで、万一の場合に備えて自らは別の部屋に身を潜める。
 
すると案の定、モーテルを突きとめたシガーがひたひたと迫ってくるのだが、前述した危機管理が功を奏し、間一髪その場を脱したモスはしぶとく生きながらえるのだ。その後、両者が再び接近するホテルでのシークエンスでも、1枚の扉を隔てたコーエン兄弟のサスペンス演出がさえ渡っている。
 

〝正義〟を無力化する不条理な〝悪〟のまがまがしさ

先ほど筆者はシガーを〝死に神〟に例えたが、この怪人は「ペイルライダー」(85年)でクリント・イーストウッドが演じた幽霊牧師のような超自然的存在ではない。劇中、シガーはモスの反撃や車のクラッシュによって重度の裂傷、骨折を負い、おびただしい量の血を垂れ流す。
 
それでもシガーは顔色ひとつ変えず自分で治療を行い、何事もなかったかのように〝人間狩り〟を続行する。いっそのこと実はシガーは死に神、もしくは悪魔だった、というオカルト風のオチがつけば〝納得〟しようがあるのだが、この比類なき悪役は超現実的なまがまがしさをまきちらしながら圧倒的な実在感を主張し、因果関係のまったくない一般市民をも大量殺戮(さつりく)に巻き込んでいく。
 
コーエン兄弟のフィルモグラフィー中、最も血生臭い暴力シーンが満載された本作には、ストーリーの語り手が存在する。キャストのトップにクレジットされたT・L・ジョーンズふんするトム・ベルである。引退間近のトム・ベルは経験豊富なベテラン保安官だが、理解不能な凶悪犯罪が多発するアメリカの世相を嘆く彼は、すでに時代の流れに取り残された老兵にすぎない。
 
古き良きヒロイックな〝正義〟を体現すべきキャラクターのトム・ベルは、究極の〝悪〟たるシガーに翻弄(ほんろう)されっぱなしで、一度たりとも遭遇を果たせないまま物語は終幕に向かう。そんな中ぶらりんの余韻を残し、勧善懲悪の概念をも根こそぎ打ち砕くこの西部劇風の犯罪寓話(ぐうわ)は、まさに異端的なネオノワール&ウエスタンと呼ぶのがふさわしい。そして私たち見る者の脳裏にはシガーの生々しい残像がべっとりとこびりつき、夢の中まで追いかけてきそうな死に神の恐怖に震えるはめになるのだ。
 


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ノーカントリー

ギャングの大金200万ドルを偶然手に入れたベトナム帰還兵のモス(ジョシュ・ブローリン)。組織が雇った殺し屋シガー(ハビエル・バルデム)に追われるはめになった彼は、行く先々でシガーの襲撃を受けることに。一方、捜査を担当する老保安官トム・ベル(トミー・リー・ジョーンズ)は、モスの妻(ケリー・マクドナルド)のもとを訪ねるが……。

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ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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