「ONE PIECE FILM RED」©尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会

「ONE PIECE FILM RED」©尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会

2023.4.04

「100億円を目指しませんか」 原作者の一言で始まった興収197億円への道 「ONE PIECE FILM RED」

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

「ONE PIECE FILM RED」は国内興行収入197億円、1427万人を動員して2022年の年間興行ランキングの1位、歴代8位に入る大ヒットとなった。15作目にして前作興収の3倍強、過去最高の「FILM Z」から100億円以上積み増した。背景には成功に導いた周到な戦略と準備、そして原作者の高い目標に奮起したスタッフの力があった。山あり谷ありの内幕を、梶本圭プロデューサーに聞いた。
 


シリーズ15作目、過去最高の3倍近く

「ONE PIECE」は1997年に週刊漫画雑誌「少年ジャンプ」で連載が始まった、尾田栄一郎の少年漫画。海賊王を目指す主人公ルフィと仲間たちの冒険を描き、単行本105巻を刊行してなお連載継続中。単行本の総発行部数は5億部を超し、人気の衰えない長寿漫画だ。
 
99年のテレビアニメ化に続き、00年に公開された映画版第1作は、興収21億円。ヒットとしては中規模で、その後毎年新作映画が公開されたものの興収は目減りし、08年には9億円まで落ち込んでいた。09年公開の第10作「STRONG WORLD」で原作者の尾田がストーリーを書き下ろし、48億円の大ヒットとなって息を吹き返す。18年の「FILM Z」が68億円と最高を記録、その後の2作も50億円台と順調だった。梶本プロデューサーは、製作委員会の一員、フジテレビの映画制作部に所属していた。

 
「ONE PIECE FILM RED」の梶本圭プロデューサー=勝田友巳撮影

「興収100億円を目指しませんか」

――19年の前作「STAMPEDE」の興収は55.5億円で、「FILM RED」は一気に3倍以上になりました。企画開発はどのように進みましたか。
 
「ONE PIECE」に加わったのは、第13作「FILM GOLD」(16年)からで、「STAMPEDE」(19年)に続いて「FILM RED」が3作目です。「STAMPEDE」公開前の19年初め、尾田さんを交えた打ち合わせで「次の作品は興収100億円を目指しませんか」と持ちかけられました。
 
――いきなり高いハードルでしたね。
 
00年代以降、興収100億円の大台を超えるアニメ作品が増えていました。とはいえ「ONE PIECE」はそれまでの最高が「FILM Z」の68億円。相当難しい目標だけれど、尾田さんの一声で、本気で目指すことになりました。
 

これまでの最高興収となった「FILM Z」は、「ONE PIECE」が好きな人がみんな見に来てくれて到達した数字でしょう。これに32億円積み上げるためには、「ONE PIECE」を知らない、興味がない、あるいは長期連載で今さら入りにくいという人を、既存のファンとともに取り込む企画にしなくてはいけない。


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「これでは届かない」白紙からの再スタート

――目指して到達できる数字ではないですからね。道のりは順調でしたか。

 

尾田さんも交えてプロット開発し、半年ほどで脚本の第1稿が完成しました。ところが、それを読んだ尾田さんが「この物語だと100億円は難しい気がするんです」とおっしゃった。

 

「これまでの作品より面白くなってるし、ファンが楽しめる要素もある。でも、今までやってきたことの延長線上でしかない。新しい層を取り込む要素が足りてない」と。尾田さんは25年にわたって連載を続け、ずっとトップにいる世界一の漫画家です。その肌感覚での判断だったと思いますが、この判断がなければ「FILM RED」は誕生していませんでした。

 

――一大事ですね。プロデューサーとしての対応は。

 

半年かけて作ったものを完全にゼロに戻すのだから、尾田さんだって怖かったと思います。日本人の気質では、なかなか言えることではない。でも尾田さんは、映画もヒットさせたい、多くの人に届けたいという思いが非常に強い。

 

積み上げてきた企画がひっくり返ったんだから、いろんな思いをした人がいる。でも悪い意味でのゼロではない。違う角度からアプローチすることでもっと良くなると、チームをまとめて進めました。




ルフィが女の子と戦うなんて!

――「ONE PIECE」シリーズはルフィたちの前に次々と伝説の海賊が現れて戦うという展開でしたが、「FILM RED」は海賊におびえる人々の心を癒やす歌声を持つ少女ウタが登場し、やがてウタの破壊的な力が明らかになっていくという筋立てでした。

 

白紙になった段階で、尾田さんから「ルフィと同い年ぐらいの女の子がヒロインで敵役」というアイデアが出て、そこをベースに考えることになりました。これまでは中年か初老の海賊だったので、全く違うアプローチです。女の子と戦うルフィは想像つきませんでしたが、そこから新しいものが生まれるんじゃないかと。大きな転換点でした。

 

ウタを歌姫にして多くの曲を歌わせるのも、いろんなパターンを持ち寄った果てに行き着きました。尾田さんに相談したら「面白い、でも覚悟はできてますか」と聞かれました。尾田さんは音楽へのこだわりが強いし、知識も深い。以前の2作でも要望は厳しかった。事前にチームにも、相当大変ですよと話してあったので、案の定でした。みんなもう覚悟はできていますということで、企画の大きな枠が決まりました。


圧倒的に歌える Adoに白羽の矢

――ウタのセリフは声優の名塚佳織さん、歌声はAdoさんが担当しました。Adoさんはネット上で活動を始め、「うっせぇわ」でメジャーデビューしてヒットしていましたが、当初の知名度は若い層にとどまっていましたね。

 

尾田さんは有名無名にかかわわらず、みんなが驚くような声を劇場に届けてくれる人を探そうよと言ってくましれた。可能性が広がって、圧倒的に歌える人を探す中でAdoさんの名前が出ました。リリース前のデモ音源も入手して、すごい歌声を持っている人だと。

 

かつてはヒット曲やアーティストが、テレビドラマの主題歌などから生まれたけど、今はいろんなところから出てくる。そういう意味でも時代に合った考え方でした。「ONE PIECE」の読者は年齢が高くなって、新しい客層を取り込むには若年層に強い人が必要だったから、幼稚園児まで「うっせぇわ」と歌っているのも大きなプラス要素になりました。



 

〝弱点〟若い層を狙った音楽展開

――ウタが劇中で歌った7曲は、中田ヤスタカ、秦基博、Mrs.GREEN APPLE、Vaundyら7組のアーティストが1曲ずつ提供しています。

 

そのことで、たとえば「ONE PIECE」と全く交わってなかった若いVaundyファンと、「ONE PIECE」好きとの間に、コミュニケーションが生まれていました。公開までの間に音楽を認知してもらおうと、全曲のMVを作ってYouTubeで流し、順次リリースすると、情報番組で取り上げられて拡散し、大きなノイズが立った。「ONE PIECE」が弱いターゲットに刺さることになり、公開後は音楽チャートの1位から7位を独占するまでになった。音楽と映画の力が一体化した時の破壊力はすごい。相乗効果がとてつもないと感じました。

 

お盆を最大風速で駆け抜けろ

――公開は8月6日でした。

 

これも大きなポイントでした。プロデュースした過去2作の経験を踏まえて、公開の1年以上前に押さえました。「ONE PIECE」ファンのコア層は30~40代で、普段はなかなか映画館には行けず、一番足を運ぶのはお盆の時期です。ここを最大風速で駆け抜けたかった。

 

「FILM GOLD」は、学校が夏休みに入るタイミングの7月23日の公開でした。各社ともお盆に向けて勝負作をかけてきて競合が多く、週ごとに客席が削られる。お盆は縮小された状態で走ることになり、残念でした。「STAMPEDE」でお盆直前公開にしたら正解で、「RED」では戦略的に早くからお盆直前公開と決めました。

 


一番でかい打ち上げ花火を最初に高く

――宣伝展開も独特でした。

 

宣伝プロデューサーのアイデアで、公開2カ月前に、出演者や劇中歌、物語、本編映像などの情報を一度に解禁しました。セオリーでは小出しにして認知度を徐々に上げていくんですが、「ONE PIECE」の認知度は高いし、今までと同じことをやっても壁は越えられない。これも挑戦でした。

 

花火大会に例えれば、一番大きい花火を最初にドーンと高く打ち上げた。小さい花火だったら1カ所からしか見えないですが、大きくて高いからいろんな角度から見えた。多すぎるくらいの情報量で、「ONE PIECE」に興味がなかった人たちの目にも留まってくれたんでしょう。

 

情報解禁の配信は会食しながらYouTubeで見てたんですが、その店のあちこちで「ONE PIECE」の話が始まったんですよ。何かが起きてる、過去2作とは全然違うと感じました。

 

「目標が200億円になった」 静まりかえる宣伝会議

――目標達成への手応えを感じていたのでは。

 

今までにない空気感がありました。「ONE PIECE」の連載自体も最終章に突入して、人気も再燃していた。とはいえ、興収100億円に届くか分かる人なんていない。それでも尾田さんの目標は途中で150億円に上がり、さらに「200億円を目標にしませんか」って提案されたんです。

 

さすがに「ちょっと待ってください」と言いました。200億円は、社会現象が起きないと到達しない。まずは100億円を盤石にしてから、と。そしたら「じゃあ社会現象を起こしましょうよ」。その後の宣伝会議で「200億円を目指したい」と話したら、シーンと静まり返って。そりゃそうですよね。

 

公開20日で100億円達成

――でも、社会現象になりましたね。

 

結果的にです。準備はしたし、10月末までに興収100億円に到達するための宣伝・興行プランも早いタイミングで作りました。盛り上がりを維持するための宣伝やイベント、入場者プレゼントは何をどのタイミングで用意するか。過去作で経験し、蓄積されたことを動員しました。

 

公開初日の8月6日の土曜日を迎えたら、見られる劇場がなかった。次の日曜日も満席続出で、2日間の興収が22億5000万円。そして公開から20日、10月末どころか8月中に100億円に到達しました。

 

 


200%を目指せば半分でも100%

――振り返って、いかがですか。

 

こんなに全部がうまくいくものなのかという感じです。もちろん、みんなが努力したし、簡単ではなかった。尾田さんは次々とハードルを用意するんですが、それがいつも、100%じゃなくて、200%なんです。

 

ビジネスの慣習や常識からも、あるいは人間関係的にも。絶対無理ですと返すと、「やってみなきゃわかんなくないですか、『ONE PIECE』を媒介にしたらできることがあるかもしれない」と。そう言われてからは、とにかくやってみることにしました。 200%を目指せば、半分でも100%ですから。

 

興収100億円は普通は無理だけど、目指すなら諦めない、やってみるんだとみんなが思って向かっていった。結果、すべてがピタリときれいにはまった。奇跡的な映画だと思います。興行は終わったけれど、200億円は何とか達成したい。僕の中で、映画はまだ終わっていません。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。