「デリヴァランス 悪霊の家」

「デリヴァランス 悪霊の家」Courtesy of Netflix © 2024

2024.9.06

〝詰んだ〟貧困一家を襲う悪霊 実録オカルトホラー「デリヴァランス 悪霊の家」の恐怖と痛々しさ

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

高橋諭治

高橋諭治

悪魔や悪霊を扱ったオカルトホラーには、実際の事件に基づく作品が少なくない。とりわけ有名なのは全米ベストセラー・ノンフィクションの映画化「悪魔の棲(す)む家」(1979年)、実在の超常現象研究家ウォーレン夫妻の活動にスポットを当てた「死霊館」シリーズ(2013年~)だろう。悪魔憑(つ)き映画の古典的名作「エクソシスト」(73年)の原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティも、49年の〝メリーランドの悪魔憑依(ひょうい)事件〟にインスピレーションを得て小説を執筆した。そして今、ホラーファンの根強いニーズがある実録オカルト映画の系譜に、Netflixオリジナル映画「デリヴァランス 悪霊の家」(24年)が新たに加わった。


「プレシャス」リー・ダニエルズ監督が初挑戦

元ネタの〝アモンズ家事件〟は、11~12年に米中西部インディアナ州ゲイリーで起こった。この町の一軒家に引っ越してきたシングルマザーのラトーヤ・アモンズと3人の子供、そして祖母のローザ・キャンベルが、度重なる怪現象に見舞われたのだ。児童福祉局や地元警察が介入し、メディアがセンセーショナルに報じたこの心霊事件は、最終的に3回にわたる悪魔ばらいが行われたという。アモンズ一家が立ち去ったのち、この家を購入した映像作家ザック・バガンズは現地ロケによるドキュメンタリー映画「Demon House」(19年)を発表した。

今回の映画化でメガホンを執ったのは、「プレシャス」(09年)で米アカデミー賞6部門にノミネート(脚色賞、助演女優賞を受賞)されたリー・ダニエルズ。「ペーパーボーイ 真夏の引力」(12年)、「大統領の執事の涙」(13年)、「ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ」(21年)でも知られる著名監督が、ホラージャンルに初めて挑戦した。〝アモンズ家事件〟の当事者ラトーヤ・アモンズが、アソシエイト・プロデューサーとしてクレジットされている。


どん底のアフリカ系貧困家庭を襲う悪霊

舞台設定はペンシルベニア州ピッツバーグに変更され、登場人物には架空の名前があてがわれているが、家族構成は実際の事件と同じだ。シングルマザーの主人公エボニー・ジャクソン(アンドラ・デイ)、10代半ばの長男ネイトと長女シャンテ、小学生の末っ子アンドレ、白人の祖母アルバータ(グレン・クローズ、怪演!)。まず目を引くのは、祖母を除くこの一家がアフリカ系だということだ。悪魔憑きもののホラーでは白人の中流階級が描かれることが多く、黒人の低所得者層の日常に根ざした作品は珍しい。

ダニエルズ監督がこの企画に興味をそそられた点も、まさにそこにあったのだろう。序盤では黒人コミュニティーの一画に建つ家に引っ越してきたばかりの一家が、地下室からの悪臭、大量のハエの発生、不可解な物音などに悩まされる様が描かれる。このジャンルとしてはおなじみの導入部だが、それ以上に見る者に強烈な印象を与えるのは一家のすさまじい困窮ぶりだ。


薬物依存の母、生気失った子供たち

一家を束ねるエボニーはアルコール、薬物に依存した過去があり、公共料金や家賃の取り立てに追われている。3人の子を愛している彼女は、よき母親であろうと奮闘するが、反抗した我が子につい手を上げてしまうこともある。児童福祉局の担当者シンシア(モニーク)は子供たちの体にひどいアザがあることを発見し、エボニーによる虐待を疑う。ここで見る者は混乱せずにいられない。これはオカルト映画だ、子供たちのアザはこの家に巣くうおぞましい悪霊(悪魔の手下)の仕業ではないのか。いや、ひょっとすると精神的に追いつめられたエボニーが、我を見失って暴力をふるったのかもしれない、と。

つまりジャクソン家の人々の人生は、映画の冒頭時点ですでに〝詰んで〟しまっている。息苦しい生活の中で子供たちは生気を失って不登校となり、日々の暮らしを維持することで精いっぱいの母親はストレスに疲弊しきっている。ただひとりマイペースの祖母はガンの治療を受けており、エボニーとの親子仲は険悪だ。そんな社会の底辺であえぐ一家が、強大な悪魔の脅威にさらされるのだから、痛ましいことこのうえない。人間の心のすき間につけ込む悪魔にとって、弱りきったジャクソン家の人々はうってつけの獲物というわけだ。


オカルト描写も本格的

後半には、精神科医がエボニーに質問を投げかけるシーンがある。「薬物や酒は?」「ときどき恐怖や違和感を覚えることは?」「周囲の出来事に混乱することは?」。憔悴(しょうすい)しきったエボニーは、悪魔の存在を信じようが信じまいが、力なく「イエス」と答えるしかない。母親失格の烙印(らくいん)を押され、おのれの苦境を誰にも理解してもらえないことを悟ったエボニーは、行き場を失って女性牧師にすがりつく。これは少女時代に性的虐待を受けたことで信仰を捨てた主人公が、どうしようもない孤立感に打ちのめされ、神に救いを求める物語でもあるのだ。

やがて本作は終盤にかけて本格的なオカルト描写が猛威をふるい、「一家の子供が後ろ向きのまま壁をよじのぼった」という〝アモンズ家事件〟における報告事例も映像化されている。また同事件では神父が悪魔ばらいを行ったが、本作にはカトリックの神父は登場せず、神の使徒と自称する女性牧師(アーンジャニュー・エリス=テイラー)がその役目を担う。男性キャラクターの存在が希薄で、女性同士の葛藤、連帯に重きが置かれていることも、この壮絶な実録ホラーの新味のひとつである。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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