毎日新聞のベテラン映画記者が、映画にまつわるあれこれを考えます。
2022.3.06
映画のミカタ:重要か、脇役か
「宮本から君へ」助成金不交付裁判 高裁でスターサンズ逆転敗訴
映画「宮本から君へ」の製作助成金交付を日本芸術文化振興会(芸文振)が取りやめたのは違法だと、製作会社のスターサンズが訴えた裁判で、東京高裁(足立哲裁判長)は3日、東京地裁判決を覆す判決を言い渡した。1審と2審で、判断は真っ二つに分かれた。
簡単におさらいしておこう。2019年3月、芸文振は「宮本から君へ」への1000万円の製作助成を決定する。しかしその直後、出演者の1人、ピエール瀧が麻薬取締法違反容疑で逮捕され、有罪が確定。芸文振は「助成で国が薬物使用に寛容だという誤ったメッセージが広がり、公益性に反する」と助成金不交付を決めた。スターサンズはこの決定が裁量権の乱用にあたり違法だとして、不交付決定の取り消しを求め提訴した。
21年6月の1審判決では、原告が全面勝訴、芸文振が控訴していた。今回の2審判決は芸文振の主張を全面的に認め、さらに、公益に反するか否かの判断は芸文振理事長に委ねられているともしている。
正反対の判決の決め手の一つは、ピエール瀧の映画の中の位置づけである。1審、2審とも、助成金が税金を元にしている以上、交付の可否の判断に「公益性」の観点が必要だという点では一致し、薬物乱用の防止が公益だという認識も共通だ。ピエール瀧は主人公が勤める会社の取引先の部長役。その息子が主人公の恋人を暴行し、激怒した主人公が報復のため息子と戦うという展開である。2時間9分の映画の中で、登場する場面は11分だ。わたしの中では重要な脇役。それをどう捉えるかで「誤ったメッセージ」への認識も変わる。
判決文の中で宣伝用チラシとエンドロールについて、地裁と高裁で表現に微妙な差がある。まずチラシ。1審はピエール瀧を「主要出演者4名に続く他の6名の出演者のうちの1人として記載」したと簡潔だ。2審では「出演者の名前は4段に分けて記載されており」、彼の名前は「上から4段目の中央部分に記載」と細かく描写した。エンドロール。「(他の)出演者と同様に大きく表示されている」が1審、「主人公である宮本役の池松壮亮や宮本の恋人である靖子役の蒼井優と同じ大きさ及びフォントで、一番最後に1人だけで表示されている」が2審。
これらを基にして、1審は「映画の『顔』として受け止められるとはいえず」としているのに対し、2審では映画のパンフレットの対談記事なども引用して「ストーリーにおいて欠くことのできない重要な役割を果たしている」と認めている。
素材は同じなのに、見方は正反対。スターサンズの河村光庸社長は「重要かそうじゃないか、裁判所に決めてほしくない」と憤っていた。確かにこれは、観客の印象の問題ではないか。「公益性」の基準はかくもあいまいだ。しかもそれを理事長が判断するなら、表現の自由はどこにいってしまうのか。河村社長は上告の意向だ。最高裁判決に期待したい。
2022年3月4日毎日新聞 映画の助成金不交付、2審は「適法」判断
2021年7月8日毎日新聞 記者の目:芸文振の助成金制度 独立性・透明性高め議論を
2021年6月21日毎日新聞 映画助成金不交付「裁量権の逸脱」 取り返し判決、権力の介入戒め
2021年6月22日毎日新聞 助成金不交付、取り消し ピエール瀧さん出演映画 東京地裁判決