誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2024.11.13
闇バイトに手を染めた青年の末路 「行方不明展」「イシナガキクエ」仕掛け人の新作スリラー
2024年の映画・テレビ業界を振り返ったとき、異彩を放つ存在がいる。テレビ東京のプロデューサー・大森時生だ。4月にはテレビ番組「TXQ FICTION」の第1弾となるフェイクドキュメンタリー「イシナガキクエを探しています」が話題を呼び、7月には行方不明に関する展覧会「行方不明展」が入場者数7万人を動員。11月15日からは、大森がプロデュースし、ショート動画プラットフォーム「BUMP」で配信されたWEBドラマ「フィクショナル」が劇場公開される。
憧れの先輩に誘われディープフェイク製作へ
この「フィクショナル」は、黒沢清監督が激賞した自主製作映画「カウンセラー」で注目を集めた新鋭・酒井善三監督によるBL仕立てのスリラー。浮上のきっかけをなかなかつかめない若手の映像製作業者・神保(清水尚弥)はある日、ひそかに思いを寄せていた大学時代の先輩・及川(木村文)と再会。彼に誘われるままバイトを始めるが、その内容はディープフェイク映像製作の下請けだった……。仕事を続けるうちに、神保は虚実の境目を喪失していく。
ディープフェイクとは、現実の映像や音声、画像の一部に偽情報を組み込んで作り上げた合成物。事実と異なるフェイクニュースの素材として使われたり、リベンジポルノを引き起こしたりと、名誉毀損(きそん)や印象操作等々、社会問題の一つになっている。「フィクショナル」の劇中ではディープフェイク映像を製作・拡散させて企業の株価を下げさせたり、政局に影響を与えたり、外国人に対する憎悪や排斥感情をあおったり、記者を脅したりとさまざまな悪事に使われるさまが描かれ、私たちが日ごろ接する「情報」の虚実がいかに曖昧なものであるかがドライかつシニカルにあぶり出される。
格差と貧困が背景に
かつ恐ろしいのは、神保が知らず知らずのうちに、あるいは罪の意識が希薄なまま犯罪行為に手を染めていくということ。その理由の大きなところに及川への好意はあれど、その一方で代金未払いによる督促状が届くなど、神保が生活苦のただなかにあることが示唆される。映像を一つ納品するたびにそれなりの金額が手渡され、明らかに怪しい仕事であるとわかっていながらも続けてしまう構造……。いま世間を騒がせている「闇バイト」と不気味なまでにリンクしている。
「タタキ」と呼ばれる強盗行為や特殊詐欺などの闇バイトの特徴は、集団犯罪でありながら組織的ではないこと。リアルで同じ空間で働いているのではなく、SNSを通して発注・受注する形式が主なため、個々人に強固なつながりがない(指示役が海外居住の場合も)。かつ現金やキャッシュカードを受け取る「受け子」やATM等から現金を引き出す「出し子」と呼ばれる回収係等々、各パートが細分化されており、実行役を逮捕してもそこから一網打尽というわけにはいかないのが現状だ。ただ共通するのは、おのおのの犯行動機が「金に困ってやった」ということ。20~30代の逮捕者も多く、若年層に広がる経済格差と深刻化する貧困が背景にあるといっていい。
リアルがフィクションを浸食する不気味さ
こうしたリアルタイムな現実に映画がオーバーラップしてくるのが、「フィクショナル」の狂的な怖さ。ディープフェイクを身近な恐怖と思うかどうかの距離感にはまだ個人差があるかもしれないが、闇バイトがトピックとなった今この時期に世に出ることで、フィクションをリアルが侵食してしまっている。ひとごととして傍観できず、怪しいバイトにはご用心!という乱暴なくくりだけでは片づけられない気味の悪さをまとっているのだ。
そのうえで本作は、神保に見えている世界=現実が次第にゆがんでいくつくりになっており、隣人が怪しく見えてしまったり何者かに監視されていると感じたりして壊れていく神保を見ている観客にも、どこまでが真実なのかわからない――という映画的なツイストがなされている。映画史的な視点で楽しむ/論ずる深みもきちんと担保されているのだ。そうした意味では、同時代性と作品としてのクオリティーという内実を伴った野心作といえるだろう。