「ニモーナ」© 2023 Netflix, Inc.

「ニモーナ」© 2023 Netflix, Inc.

2023.8.08

〝普通〟じゃなきゃダメですか? 凝り固まった価値観を破壊された「ニモーナ」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

きどみ

きどみ

歳を重ねるごとに知識や経験が増え、「想定外」の出来事に遭遇する機会は減っていく。映画やアニメを見ていても、「なんとなくこういう話なんだろうな」と冒頭で想像してそのまま最後まで話を追うことが多くなった。



そんな中で、Netflixオリジナルアニメ「ニモーナ」は最後までこちらの予想を裏切ってくれた。子ども向けのアニメだと思って見始めたら、とんでもない。衝撃の連続、価値観が凝り固まりつつある大人こそ見るべき作品だった。
 

〝裏切り者〟騎士と〝モンスター〟のファンタジー


*結末まで明かしています。
「ニモーナ」は、女王殺しのぬれ衣を着せられてしまった騎士・バリスター・ボールドハート(声=リズ・アーメッド)と、変幻自在の能力を持つニモーナ(同クロエ・グレース・モレッツ)の冒険を描いたファンタジーアニメーション。
 
物語は、孤児のバリスターが女王から騎士の称号を与えられる任命式「ナイト・ナイト」の様子から始まる。彼のサクセスストーリーなのかと思った次の瞬間、バリスターが女王を殺してしまう。あらすじなどの前情報を入れなかったし子ども向けの作品だと油断していたから、しょっぱなからかなりショッキング。
 
その後、バリスターとニモーナが「女王殺しの真相を追い求める」ミステリー的な展開になっていくのかと思いきや、友情や恋愛のドラマがありハラハラさせるバトルありと、「先が読めない」ストーリーに引き込まれていった。


同性愛は「当たり前」

印象的だったのは、バリスターと同性の恋人アンブローシャスの描かれ方である。昨今のLGBTQ+の主人公を描いた映画やアニメでは、「LGBTQ+であることが特別」として映ることが多いが、本作は2人の関係についてはスルーし、特別に主張することはない。
 
また、孤児のバリスターと伝説の英雄・グロレスの子孫であるアンブローシャスは「身分違い」だが、2人の関係に上下はなく、極めてフラット。周りも2人が特別な関係であることを自然に受け止め、バリスターが孤児であったことを侮辱する人はいても、邪魔しない。「LGBTQ+」や「身分違い」は恋愛の壁になっていないのだ。こうした作品が増えれば現実社会での差別や偏見も減るのでは、と思わせるところも好印象。
 
そしてニモーナのキャラクター。ニモーナは、いわゆる「普通の人間」ではない。状況に応じてさまざまな動物に変化する。勢いで突進する際はサイやゴリラ、クジラに。逃げる時はウマに。そして羽を生やしたドラゴンになって空も飛ぶ。


私は私 それが何か?

そんなニモーナを世間は「モンスター」と呼び、バリスターも最初は「何者か」を問い続ける。だがニモーナは、自身の正体について問われる度に「I’m Nimona.」と堂々と答え、「普通でない」と非難する人を非難する。
 
ニモーナが「普通って何?」と問いかけるたびにドキッとした。ニモーナに対する世間やバリスターの反応は、現代社会の私たちそのままなのだ。子どもの頃は一緒に遊んで楽しかったら友達になれるのに、大人になってからは相手の出身や肩書き、何をしている人なのかが分からないと、仲良くなるのもビジネスを始めるのも難しい。そして「普通」じゃないと判断した人とは距離を置いたり、「普通」じゃない理由を探ろうとしたりする。


理解されない苦しみに涙

ニモーナは「普通でない」「モンスター」と怖がられるたびに心の中では深く傷ついていた。その結果、大きくて真っ黒な〝モンスター〟に変身する。黒いインクで塗りつぶしたような画(え)は、生物ではなく心の闇をそのまま描いているようであった。「ニモーナ」の作品世界に溶け込んでいないからこそ、より異色な存在感を放つ。誰にも理解されない悲しみや苦しみが叫びとなって表れた時、ニモーナと一緒になって泣いてしまった。
 
人々は最後にやっと気づく。ニモーナは「変身できる能力を持つ」だけで、自分たちと変わらぬ優しい心を持っていたことに。自分たちが信憑(しんぴょう)性のないウワサや伝説を信じ、ニモーナを「モンスター」と呼んでいたことに。


生きにくさ抱える人たちにエール

SNS上では、「普通」でない人たちに対する心ない誹謗中傷や根拠のない噂が飛び交っている。「人を傷つけてはいけない」「人と自分が違うのは当たり前」と言いながら、必死に「普通」であり続けようとして、自分と違う人を非難するのだろう。現実でもニモーナと同じように、〝みんなと一緒〟を求める社会に生きにくさを感じている人はきっと多くいる。「ニモーナ」は、「普通」に固執する私たちの姿を客観的に突き付けてくる。
 
怖がるのではなく、対話をすることで相手を知り、深く関わっていくことが大事なのだ。子ども向けなどとたかをくくっていた自分を恥じたい。予期せぬ展開に心躍るキャラクターの動き。そして今を貫くメッセージ。これからは「普通」と言う前に「ニモーナ」が頭をよぎるだろう。それほどのインパクトだった。

ライター
きどみ

きどみ

きどみ 1998年、横浜生まれ。文学部英文学科を卒業後、アニメーション制作会社で制作進行職として働く。現在は女性向けのライフスタイル系Webメディアで編集者として働きつつ、個人でライターとしても活動。映画やアニメのコラムを中心に執筆している。「わくわくする」文章を目指し、日々奮闘中。好きな映画作品は「ニュー・シネマ・パラダイス」。