「ペイン・キラー/死に至る薬」より © 2023 Netflix, Inc.

「ペイン・キラー/死に至る薬」より © 2023 Netflix, Inc.

2023.8.28

全米で50万人以上が亡くなった「オピオイド危機」を描く社会派ドラマ「ペイン・キラー/死に至る薬」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

須永貴子

今なお続く「オピオイド危機」を題材にしたドラマ「ペイン・キラー/死に至る薬」全6話の配信が、8月10日(木)よりNetflixでスタートした。
 
「オピオイド危機」とは、1990年代後半から現在に至るまで、依存性や中毒性のある麻薬物質「オピオイド」を含有する処方鎮痛により、全米で50万人以上が亡くなっている社会問題のこと。この「ペイン・キラー/死に至る薬」では、製薬会社パーデュー・ファーマが製造販売した、オピオイド系処方鎮痛「オキシコンチン」がいかにして全米に蔓延(まんえん)していったのかが実話をもとに描かれる。
 


【正義の人】【加害者】【被害者】【犯罪に加担してしまった人】の4人のストーリーで構成

 本作は、四つのストーリーで構成されている。軸となる【正義】の視点を担うのは、連邦検事局の捜査官、エディ・フラワーズ(ウゾ・アドゥバ)。彼女が回顧する形で、事件の全容が時系列で語られる。彼女がオキシコンチンを初めて知ったのは98年、診療報酬の不正請求の調査で田舎町の小さな病院を訪れたときだった。聞き慣れない「オキシコンチン」という薬が大量に処方されていることに違和感を覚え、調べ始める。
 
彼女が追いかける【加害者】が、オキシコンチンを開発したパーデュー社の社長リチャード・サックラー(マシュー・ブロデリック)だ。彼は「人は痛みから逃げて、快楽に向かう。このサイクルを永遠に繰り返す」という持論をもとに、快楽が得られるヘロインをオキシコンチンに含有させ、鎮痛薬を必要とする人をオキシコンチンに依存させていったのだ。
 
ブロデリック特有の童顔とつぶらな瞳が、アリを無邪気に踏み殺す幼い子どもにも通じる、リチャードの欠落を醸し出す。彼をモンスターにした〝諸悪の根源〟パーデュー社の創業者の一員で精神科医の伯父アーサー・サックラー(クラーク・グレッグ)だ。リチャードは常にアーサーの幻影と対話しており、そこにリチャードの闇が表現されている。
 
小さな自動車工場を営むグレン・クライガー(テイラー・キッチュ)とその家族が、オキシコンチンの【被害者】として描かれる。彼は仕事中に背中に大けが、リハビリ中の痛みを緩和させるために、オキシコンチンを処方され、1日2回、12時間ごとに服用し始める。家族は一家の大黒柱であるグレンの復を願うが、グレンはオピオイド中毒となり、クライガー家崩壊していく。
 
そして、このストーリーに厚みを与えるキャラクターが、パーデュー社の強力な営業部隊の新人、シャノン・シェーファー(ウスト・ドゥカブニー)だ。パーデュー社は大卒で容姿のいい女性をリクルートし、オピオイドの有毒性を伝えずに、女の武器を使って医師たちにオキシコンチンを売り込ませる。
 
成果報酬型のため、売れば売るほど稼ぎが増える。貧しい実家から抜け出したい、いい暮らしをしたい。そんな動機からオキシコンチンのセールスウーマンとなったシャノンは、あるときその有毒性を知り、激しく動揺する。つまり彼女はいつのまにか【犯罪に加担してしまった人】である。
 

ピーター・バーグ監督らしいスピード感ある演出は戦争映画の語り口のよう

このつの立場を対比させつつ、ピーター・バーグ監督らしいスピード感で、核爆発や戦争といった資料映像の断片や、サイモン&ガーファンクルやビースティ・ボーイズ、トーキング・ヘッズなどの楽曲も盛り込みながら、オキシコンチンが蔓延していく様をスリリングに見せていく。
 
キングダム/見えざる敵ローン・サバイバーなどの戦争映画が得意なバーグ監督らしく、本作の語り口も戦争映画のようだ。オピオイド禍が広がり、中毒になった人たちが薬局を襲うシーンや、過剰摂取で亡くなった人の死体が車から放り出されるシーン、ホームレスがり出されて処方薬局にゾンビのように並ぶシーンなど、まさに戦場のような光景が描かれる。
 
その一方で、昇進したシャノンら営業チームがご褒美に招待されたフロリダのパーティーの、まともな精神状態の人がひとりもいないその狂乱ぶりもまた、地獄絵図そのものだ。
 
オピオイド危機の最大の問題は、本来であれば裏社会で流通されるべき(というのもおかしな表現だが)中毒性・依存性のあるオキシコンチンを、表社会である政府機関のFDA(食品医薬品局)が承認したことだろう。エディが「なぜ合法の薬で大勢の人が死ぬのか?」という疑問を抱いたのは至極もっともだ。その経緯はエピソード3に描かれている。
 
エディは「政府は昔から有害物質の販売を許可してきた」と語りだす。リチャードはCIA(米中央情報局)の手法「MICE(Money:金、Ideology:信条、Coercion:脅迫、Ego:自尊心)」を駆使し、FDAの担当者を攻略したのだ。この担当者はなんと、オキシコンチンを承認後、FDAを辞職してパーデュー社に就職したというから開いた口が塞がらない。
 
オキシコンチンと死亡者の因果関係を証明するのは至難の業だ。エピソード4以降は、上司から「find the crime(犯罪を見つけろ)」と言われたエディが、パーデュー社に関して立件できるネタを探して奔走する。そして、なんともあっけない、後味の悪い幕引きに見舞われる。
 
パーデュー社を相手取った裁判は現在も係争中である。各エピソードの冒頭で、家族をオキシコンチンで亡くした遺族が、カメラに向かって「実際の出来事に基づいていますが、一部は演出上フィクションとなっています」と語りかけ、涙ぐむ。国も医者も信じられないこの世界を、我々はサバイブしなければいけないのだ。金に目がくらんで、知らず知らずのうちに犯罪に加担しないように警戒しつつ。
 
「ペイン・キラー/死に至る薬」はNetflixで独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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