「PIG/ピッグ」 2020 Copyright © AI Film Entertainment, LLC.

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2022.7.10

映画評「PIG/ピッグ」 愛すべき怪優ニコラス・ケイジの底力にうなる! 応援します!インディー魂

分かりやすく誰もが楽しめるわけではないけれど、キラリと光る、心に刺さる作品は、小さな規模の映画にあったりする。志を持った作り手や上映する映画館がなかったら、映画の多様性は失われてしまうだろう。コロナ禍で特に深刻な影響を受けたのが、そんな映画の担い手たちだ。ひとシネマは、インディペンデントの心意気を持った、個性ある作品と映画館を応援します。がんばれ、インディースピリット!

高橋諭治

高橋諭治

「リービング・ラスベガス」(1995年)で米アカデミー賞主演男優賞に輝き、「ザ・ロック」(96年)、「コン・エアー」(97年)、「ナショナル・トレジャー」(2004年)といった超大作に主演。さらに「天使のくれた時間」(00年)、「アダプテーション」(02年)、「マッチスティック・メン」(03年)などの愛すべき良作も数多いニコラス・ケイジは、まぎれもなくハリウッドでも指折りのスター俳優だった。

「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022」予告編


 

B級ジャンルムービー出まくり借金返済?

ところが00年代後半あたりから主演作の大コケが相次ぎ、プライベートでもトラブルが頻発。さらには常識外れの浪費癖がたたって莫大(ばくだい)な負債を抱え、それまでの華やかなキャリアは暗転した。10年代から今に至るケイジのフィルモグラフィーには、予算規模の小さなジャンル映画がずらっと並んでいるが、それもすべては借金返済のためだと言われている。
 
ここ10年の出演ペースは尋常ではなく、例えば17~19年のわずか3年間で何と18本もの映画に出演。園子温監督と組んだ「プリズナーズ・オブ・ゴーストランド」(21年)も記憶に新しいが、大半はよほどのマニアでなければ知らないスリラー、アクション、SF映画ばかりだ。ほとんど中身を吟味せず、舞い込んでくる出演オファーを片っ端からこなしている印象だ。
 
ハリウッドのメインストリームではすっかり〝過去の人〟扱いのケイジだが、もともと演技の実力は折り紙付きだし、アクの強い個性は唯一無二。ひとたび〝ハマる〟企画に出くわすと、誰にもマネのできないカリスマ性を発揮する。「グランド・ジョー」(13年)、「マンディ 地獄のロード・ウォリアー」(17年)はその好例だろう。


愛するブタを強奪された世捨て人

そんなケイジの日本公開の最新作「PIG/ピッグ」(20年)は、愛するブタを奪われた中年男が犯人捜しに乗り出す〝リベンジスリラー〟と銘打たれた一作。このあらましを聞けば「ジョン・ウィック」(14年)のチープな二番煎じか、はたまた怪作、珍品の類いかと思わずにいられないが、「もしや」という直感に駆られて中身を確かめた筆者はこう断言する。「グランド・ジョー」「マンディ 地獄のロード・ウォリアー」さえもしのぐ必見の一本であると。

トリュフハンターのロブ(ケイジ)は、米オレゴン州の山奥で1匹のブタと家族のように暮らしている。ある夜、何者かに愛するブタを強奪されたロブは、トリュフの仲買人である青年アミール(アレックス・ウルフ)とともに捜索を開始する。やがて知人たちから情報を得たロブは、意外な黒幕の正体を突き止めるのだが……。
 

寡黙にして壮絶な風貌、孤独の深淵

感情むき出しのぶっ飛んだキャラクターの印象が強いケイジだが、今回演じるロブは世捨て人のような寡黙な男。ロブが俗世と隔絶した山小屋生活を送っている理由は謎のベールに覆われているが、そのミステリーに本作の主題が内包されている。ブタ捜しのために数年ぶり、もしくは十数年ぶりに山を下りたロブが、忌まわしい過去と向き合っていく姿を通して、彼の人生を崩壊させたある〝喪失〟の真実が明らかにされる。


 
序盤の襲撃シーンで傷ついたロブは、頭部からしたたり落ちる血を拭うそぶりも見せず、ポートランドのアンダーグラウンドでさらなる大けがをする。写真を見ての通り、おどろおどろしい風貌のケイジが徹底的に抑制された演技を貫き、圧倒的なオーラを放ち続ける。悲哀や狂気さえも内に押しとどめ、心のよりどころを失った男の孤独の深淵をのぞかせる主人公を、静かな迫力をみなぎらせて体現した。
 

新人監督とのタッグで見せつけた気迫のインディー魂

これが長編デビュー作となるマイケル・サルノスキ監督の手腕も見逃せない。原案、脚本も手がけたサルノスキは、説明的な演技を省いたケイジの動物的なたたずまいをじっくりとカメラに収めた。前述した主人公の過去にまつわるミステリーには〝驚愕(きょうがく)の真実〟が用意されているわけではなく、むしろ映画はシンプルな喪失と再生のドラマとして展開していくのだが、底知れない深みを感じさせるケイジの存在感、サルノスキの簡潔な語り口が、この90分余りの小品を一編の詩のように昇華させている。
 
ちなみに本作は、アメリカの独立系作品を対象にしたインディペンデント・スピリット賞で新人脚本賞を受賞するなど、数多くの賞を獲得。映画マニアとして名高いバラク・オバマ元米大統領は、「ドライブ・マイ・カー」「パワー・オブ・ザ・ドッグ」などとともに21年のお気に入り映画に選出した。無名の新人監督と組んだ本作でスゴみたっぷりのインディー魂を見せつけたケイジは、すでに借金返済を終えたと聞く。この愛すべき怪優の動向、今後も目が離せそうもない。

7月15日から、東京・新宿シネマカリテの「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022」で上映。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。