映画をはじめとする映像コンテンツの制作現場では、近年「コンセント」という言葉が飛び交っている。さまざまなシーンでこの「コンセント」が成されていないことには、公開したところで大炎上ということも珍しくない。
ではこの考え、コンセント=合意とは何を指すのか。ハリウッド映画の発信地ロサンゼルスで、コンセントエデュケーターの資格を取得した映画ライター、森田真帆さんに、この概念をはじめ、映画やドラマにおいて何がダメで何がOKなのか、最新情報を教えてもらった。
コンセントとは?
——そもそもコンセントってなんですか? 電源差し込むところじゃなくて?
電源差し込むコンセントって国によって全然形が違っててー、ってそうじゃなくて(笑い)。人間同士のコミュニケーションの中で、お互いがお互いを尊重した上での明確な同意を示すことです。コンセントっていう言葉はまだまだ皆様にはなじみのない言葉ですが、ぜひともこの機会に「CONSENT」=同意という言葉を覚えてもらえると嬉しいです。
皆さんの中で一番よく耳にする同意という意味のコンセントがあります。「インフォームドコンセント」っていうの、聞いたことありませんか?
病院で医療行為をするときに、お医者さんが患者さんに対してきちんとした<情報提供>をして、患者さんはその医療行為のメリットとデメリットをちゃんと<理解>して、きちんと考えた上で強制ではなくて自分から<自発的に同意>するか<不同意>を示すかの自由な権利があります。そしてそれはいつでも撤回できる。これは皆さんも聞いたことがあると思いますが、これはコンセントにおいてとっても基本的なことになるから説明するのに一番わかりやすいかもしれないですね。
コンセントは海外では1980年代から議論が交わされていた
——コンセントの概念、はじまりやきっかけは何でしょう? #MeTooでしょうか?
コンセントには、性的同意の他にも、法的同意や、医療同意など契約をする上での法的同意や、本当にいろんな種類があるんです。概念についても、昔からずっと議論されてきていることで、一番最初に「コンセント」という言葉がメジャーになったのは、先ほども話したインフォームドコンセントだと言われています。
コンセントの概念はこれまでも、そしてこれからもずっと議論が繰り返され、そのときどきでも変わるものなので、コンセントについて教育する立場の人間は常に研究や学習を続けていかなければならない‥‥‥って先生からも言われました。
セクシュアルコンセントって聞くと、#MeTooを思い出す方も多いかと思います。でも実は、このセクシュアルコンセントという言葉が有名になるずっと前、海外では1980年代からすでにセクシュアルコンセントについての議論が交わされていました。
90年代に入ると大学生への同意教育が開発されていき、90年代後半には性暴力の予防としてアメリカのいくつかの州が性教育にセクシュアルコンセントについての授業が組み込まれていったんです。そう考えると、日本のコンセントの教育はめっちゃくちゃ遅れていてため息が出ちゃいますね。
ちなみに#MeTooはセクシュアルコンセントよりものっすごく遅くて、2017年にハリウッドの映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインへの告発をきっかけに、ソーシャルメディアを通じて広がった運動。
むしろ青少年の間では、CONSENTの授業がされているなかで、ハリウッドの権力者たちがこのCONSENTなどまるで無視していたってことが明るみになって、若者だけじゃなく、大人や権力者が勉強しないとアカン!となったんです。今では業界内での性的暴力や性的ハラスメントを減らすため、プロデューサーや監督がこの同意教育を受けることが多いそうです。
コンセントエデュケーターとインティマシーコーディネーターの違いとは?
——コンセントエデュケーターと、最近映像かいわいでよく耳にする「インティマシーコーディネーター」の違いはなんでしょう?
コンセントエデュケーター(Consent Educator)とインティマシーコーディネーター(Intimacy Coordinator)は、性的同意と関係のある領域で活動する専門家ではあります。でも、それぞれの役割や責任、活動するフィールドには違いがあるんです。
まず、コンセントエデュケーターは、性的同意やパートナーシップに関する教育を行ったり、同意をとる上で最も大切なコミュニケーションの方法を個別のセッションや、セミナー、ワークショップ、教育機関では青少年に向けた教育プログラムを通して伝える専門家です。
インティマシーコーディネーターは、映画やテレビ番組、舞台などで、感情的な場面や性的なシーンをはじめ身体的な接触のあるシーンで、俳優やスタッフの心理的・身体的な安全を確保して、撮影が適切な方法で行われるように調整していく専門家です。もちろん、監督との話し合いのときは、同意の確認がとても重要になってくるので、どちらも性的同意とは深い関係のある領域ですね。
——コンセントエデュケーターってどんな資格で、どうやって取得するんですか? 森田さんがこれを取得しようとしたきっかけとプロセスは?
コンセントエデュケーターという資格については、私がハリウッドの現場で活動しているインティマシーコーディネーターの方の下で勉強をしているときに教えてもらった存在でした。そもそも私は、リアリティーショーの現場でキャスティングの仕事をしていて、キャストたちのサポートをしてきたのですが、その中で同意について考えさせられることがとても多かったんです。
そのことを私が師事していたインティマシーディレクターに相談したところ、この資格の存在を紹介してくれました。アメリカにはいろいろな教育プログラムがありますが、信念や取り組みが一番自分に合っていると思えたプログラムを見つけて、オンラインでのクラスを約半年間受けました。毎回5時間くらいアメリカ時間のライブで行われるので、日本時間では深夜の1時から6時までぶっ通しなんです。死ぬほど眠くて、青竹ふみながら勉強しました。
コンセントが必要な場面は身近なところにたくさんある
——映画・映像作品における「コンセント=同意」は、性的なシーンだけではないのでしょうか?
性的って聞くと、キスだったり、セックスシーンだったりを想像するかもしれないのですが、実はコンセントが必要なことってすごく身近なところにたくさんあるんです。例えば、相手の同意なしで肩に手を回したり、腰を相手の体に寄せたりする動作。コンセントを考える上で、バウンダリーという大切な言葉があって、これは境界線っていう意味なんですが、境界線って実は人によって全く違いますよね。
例えば、手を急につながれるのは不快な人もいれば、急に首筋を触られるのが嫌な人もいるし、頭をなでられるのが嫌な人もいる。こういう相手の境界線を知ること、そして相手に伝えることが実は大切なことなんです。
——コンセント、やっちゃいけないことをざっくり。また、コンセントの逆、同意がとれないことを助長することってなんでしょう?
身近にやってしまいがちな例を紹介すると、同意が取れていない相手に対しての強制行為、それから自分の立場を利用した威圧行為は許されません。あとアルコールの影響下にある場合、相手の精神状態が弱っている場合など、正常な判断ができない状態のときは同意が取れたことになりません。相手が同意を取り消した場合に対して逆上したり、しつこくお願いしたりというのもいけませんね。
たとえ気を許したパートナーの方がいる場合も、相手の境界線を同意なく越えない。明確な同意がないのに、<同意>が取れたと勘違いするという行為はよくしがちですが、これも許されません。
ちなみに、これはほんっとうによく出てくる話なんですけど、ラブホテルに行ったら<同意>が取れてるって思い込んでいる人がとにかく多いです。もしもコンセントのクラスを若い頃に受けていたら、そんなことを絶対に言えないはずです。同意には必ず、「撤回」する権利があります。「やっぱり嫌」とキスする5秒前に言われたら、きちんとその思いを尊重することが大事です。
コンセントの授業には、NOと言われたときのリアクションについての勉強もあります。決して「なんで?ちょっとくらいならいいじゃん」なんて聞かず、相手の気持ちをちゃんと尊重してほしいですね。
コンセントへの議論自体が日本には欠けている
——学んでみて、アメリカにおけるコンセントはどこまで進んでいると思いました?
アメリカにおけるコンセントの教育を学べば学ぶほど、もっと日本に広めていきたいという使命感を持ちました。それほどに、この知識はすごく大切で、本当に行動を変えていくと思っています。それにアメリカだってまだまだいろんな問題を抱えています。
セクシュアルコンセントもまだまだ普及していないし、セクシュアルマイノリティーの方々への偏見だってなくならない。それでも日々、人々がCONSENTを議題に議論をしている。この議論自体が何よりも日本に欠けているんだなって思いました。
——主に旧来ある男性の価値観が問題の柱になっていると思いますが、女性側にも問題点はあるんでしょうか?
コンセント(同意)は男性も女性も同じように持ってほしい知識です。日本はコンセントについての知識があまりにもなくて、女性のコメンテーターですら性的被害を受けた被害者に対して「ホテルに行ったらYESだと思いますね」「あんな格好しているから」とか「ホテルに行く方が悪い」なんて言葉をぶつけてしまう。同意についてきちんと勉強をしてほしいし、自己肯定感をもっと高めてほしいと思います。
「私なんか」という思いが「NO」を言えなくしてしまいます。その足かせの重さ‥‥‥私も自己肯定感がめちゃくちゃ低いから分かるんです。でも、最近はもっと自分に自信を持って、自分を愛せるようにすごく頑張ってます(笑い)。実は私自身、カリキュラムの中でNOを言うトレーニングの最中に涙が出ちゃって、相手役のアメリカ人をめちゃくちゃ動揺させちゃったんです。これまでどれだけ自分がNOと言えてこなかったかを痛感しました。
「アナと雪の女王」最後のキスシーンはコンセントが取れていてさすがだと思った
——日本で見られる映画やドラマで「これはコンセントが正しくなされている」という作品は?
先日偶然見た映画「アナと雪の女王」で、最後の方に出てくるアナのキスシーンはちゃんとコンセントが取れててさすがだなって思いました。「最高だよ! キスしたいほど! つまり、したいけど、してもいい? 許される?」っていうクリストフのセリフ。気になる方がいたらぜひ見てみてください!
それと仕事柄リアリティーショーはつい見てしまうのですが、コンセントがきちんと取れていない行動で、相手を不快にしてしまっているパターンをよく見ます。ふいに肩に手を回したり、急に抱き締めたり、本人は勝手に同意を取ってしまっていても、相手は不快だったりするんですよね。
ドラマの中では、壁ドンなんかもカッコいいってなっていますが、実際に好きでもない人間にあんなことされたら不快でしかないし、恐怖でしかない。逆に私はコンセントを勉強してから、そういったシーンを見るとツッコミを入れたりすることが多くなりました(笑い)。
まっさらな気持ちでコンセントを学んでほしい
——ドンズバの教材になりそうなガブリエル・ブレアのベストセラー「射精責任」(太田出版)が発売されて話題になっていますが、このほか日本語の書籍で役に立ちそうな文献・小説・エッセーなどはありますか?
私がおすすめするのは、村瀬幸浩さんの「3万人の大学生が学んだ恋愛で一番大切な〝性″のはなし」(KADOKAWA)。大学生の体験談を中心に書かれた書籍ですが、何歳の方が読んでもわかりやすい内容となっています。
「射精責任」も海外の若者に向けた同意の本ですが、基本的なことをとてもわかりやすく解説してくれています。なんといってもコンセントの知識って学生と同じくらい、「おれは分かってる!」っていう人が一番分かっていないことが多いです。ぜひまっさらな気持ちでコンセントを学んでいきましょう!
森田真帆
映画ライターとしてシネマトゥデイほか媒体に寄稿するかたわら、大分県・別府ブルーバード劇場のプログラム・アシスタントを務める。2023年ロサンゼルスにて、コンセントエデュケーターの資格を取得。https://linktr.ee/mahomorita