「パニック・フライト」TM & (C)2005 DREAMWORKS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

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2022.7.13

「パニック・フライト」 「助けて!」とさえ叫べない大空の密室の悪夢:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

犯罪組織、殺人鬼、ストーカーなどの脅威にさらされた主人公が、気がつけば誰にも助けてもらえない孤立無援の極限状況に陥ってしまう。やがてクライマックス、主人公は捨て身の反撃に打って出て、苦闘の末に敵を打ち倒す……。


キーワード「孤立無援/捨て身の反撃」

このようなプロットはスリラージャンルの王道パターン。似たり寄ったりのスリラー映画はごまんとある。要するに、筆者のようなスリラー好きの映画ファンは、あらかじめ予想のつくお決まりの展開を承知のうえで、どこかで見たようなあらすじのスリラーを繰り返し鑑賞していることになる。

映画史上にはそうした定型のパターンをひっくり返すことを狙ったトリッキーな異色スリラーも多数存在するが、今回はあえて正統派のスリラー、すなわち王道の面白さを徹底追求し、見事そのミッションを高度に達成した快作「パニック・フライト」(2005年)を紹介したい。キーワードは上記のプロット内にもある〝孤立無援〟と〝捨て身の反撃〟である。


 

ロマコメ風の導入部から迫り来るテロリストの魔手

物語は一流ホテルのマネジャーである若い女性リサ(レイチェル・マクアダムス)が、故郷テキサス州での祖母の葬儀を終え、フロリダ州マイアミ行き旅客機の最終便に乗るところから始まる。リサの隣席に座った青年リップナー(キリアン・マーフィ)は機知に富んだ話術の使い手で、飛行機恐怖症のリサは彼の優しい気遣いに助けられる。ところがリップナーの正体は、リサの勤務先のホテルに宿泊するアメリカ政府要人一家の命を狙うテロ組織のメンバーだった……。

高度3万フィートの上空を飛行中の旅客機内を舞台にした本作は、用意周到なテロリストの脅迫を受けるはめになった主人公リサの運命を描く密室スリラーだ。俺たちのテロ計画に加担しろ、さもなければフロリダの自宅にいるお前の父親を殺害するぞ。冷酷非情なリップナーにそう迫られたリサは、他の乗客や客室乗務員に救いを求めることさえできず、まさに〝孤立無援〟で恐怖に打ち震えるはめになる。

本作の見どころは、このサスペンスフルな中盤のシークエンスだけではない。序盤のダラス空港ロビーのシーンでは、グランドホテルものの群像劇さながらに、同じ便に乗り合わせる少女や老婦人らのキャラクターが軽快なタッチで点描される。搭乗を待つ間、空港内のバーで会話を交わすリサとリップナーのやりとりは恋の始まりを予感させる。このロマンチックコメディー風の導入部と、前述した〝孤立無援〟の中盤との大きな落差がいっそうスリルを増幅させる。
 


名手ウェス・クレイブンのさえわたる語り口
監督を務めたのはウェス・クレイブン。大ヒットシリーズ「エルム街の悪夢」(1984年から)の生みの親として名高いこのフィルムメーカーはホラー映画の専門家と見なされがちだが、彼が手がけたもうひとつの人気シリーズ「スクリーム」(96年から)がそうであったように、サスペンスとユーモアの緩急を自在に操るストーリーテラーでもある。まさしく本作では、そうしたクレイブンの才気が遺憾なく発揮されている。

そして旅客機がマイアミに到着しようとする終盤、名手クレイブンは満を持してとっておきのサプライズをさく裂させる。一度はリップナーの脅迫に屈したリサの〝捨て身の反撃〟の号砲を鳴らし、ロマコメから密室スリラーへと変容させた本作をダイナミックに転調させ、またも映画を別のジャンルへと飛躍させるのだ! プロットそのものはスリラーの王道パターンの軌道に沿っているのに、私たち観客はあたかも想定外のどんでん返しを突きつけられたような衝撃とともに、ヒロイン対テロリストの最後の攻防に見入ることになる。

エンドロールも含めてわずか85分。このうえなくタイトに仕上げられた良質なプログラムピクチャーの趣もある本作は、全米初登場2位のヒットを飛ばしたにもかかわらず、なぜか日本では劇場未公開となった。それゆえに筆者もレンタルビデオ店で借りたDVDで初めて見たのだが、リリース当時、その店の新作コーナーの隣に並んでいたのはジョディ・フォスター主演の旅客機スリラー「フライトプラン」(05年)だった。むろん筆者が「パニック・フライト」とのどちらを熱烈にお勧めするかは言うまでもない。

「パニック・フライト〈スペシャル・エディション〉」はNBCユニバーサル・エンターテイメントからDVD発売中。1572円。

ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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