「殺人者のパラドックス」より © 2023 Netflix, Inc.

「殺人者のパラドックス」より © 2023 Netflix, Inc.

2024.2.15

チェ・ウシク×ソン・ソック共演の上質なノンストップサスペンスドラマ「殺人者のパラドックス」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

梅山富美子

梅山富美子

人を殺してしまった青年を巡る韓国ドラマ「殺人者のパラドックス」(全8話)が、2月9日にNetflixで配信され、日本のランキングで2位(2月12日時点)を獲得した。「パラサイト 半地下の家族」のチェ・ウシク、「​​私の解放日誌」のソン・ソック共演の本作は、上質なノンストップサスペンスとなっている。(以下、本編のネタバレあり)
 


あるきっかけで殺人を繰り返すようになった、さえない大学生が主人公

主人公のさえない大学生イ・タン(チェ・ウシク)は、ある日男性に暴力を振るわれ、反撃したところ殺してしまう。このことをきっかけに殺人を繰り返すようになるイ・タンは、殺害した人物たちが凶悪な犯罪者だったことを知り、自身が悪人を判別する能力があると気づく。そんななか、勘のいい刑事のチャン・ナンガム(ソン・ソック)から疑いの目を向けられる。
 
偶然なのか必然なのか、イ・タンによる殺人はすべて証拠が消えてしまう。タイトルの〝パラドックス(逆説)〟が意味する通り、殺害現場に凶器を忘れても、指紋をべったりと残しても、食べかけの果物を落としても、罪の重さに押しつぶされそうになり自首しようとしても捕まらないというチートっぷりだ。
 
一見無害そうなイ・タンの奇妙な能力は、彼自身、そしてチャン・ナンガムや警察の人々の人生を狂わせていく。中盤以降は、彼に接触を図るノ・ビン(キム・ヨハン)とのタッグ、狂気的な元刑事ソン・チョン(イ・ヒジュン)との闘いと、最終話まで息つく暇なくかけ抜けていく。
 

複雑な役を演技で魅了した、チェ・ウシク。演技の振り幅がすごい

本作のすごさは、やはりイ・タン役のチェ・ウシクだろう。〝殺人に特化した〟特殊な能力がある男だが、殺人の快感に目覚めるわけでも、正義感にあふれるわけでもない複雑な役を演技で魅了した。
 
気力のない青年が人を殺す瞬間にひょう変するという演技の振り幅は圧巻で、精神的に追い込まれ顔面蒼白(そうはく)になる様子はリアル。殺人を重ねて歩き方、醸し出す雰囲気、人相までも変わった姿は新たなダークヒーロー誕生!といったところで、チェ・ウシク以外には考えられないキャスティングだと感じるはずだ。
 
ちなみに、イ・タンがワーキングホリデーでカナダに行く計画を家族に語ると、父親が「英語が話せないだろう」と反応する場面がある。しかし、チェ・ウシク自身は幼い頃にカナダに移住してカナダ国籍を取得しており、英語も堪能。役と本人は全く違うのだ。
 

イ・チャンヒ監督の独特な演出に引き込まれ、気付かぬうちに手のひらで踊らされる

また、イ・タンを追い詰めるチャン・ナンガム役のソン・ソックは、韓国でいま一番脂の乗った俳優のひとり。イ・タンとは初めて会うシーンから、犯人ではないかと疑いを持ち、しびれるようなやり取りを繰り広げる。ワイルドなヒゲ姿で、たたずまいは大人の魅力たっぷりなのに、時折見せる笑顔のギャップにやられること間違いなし。
 
イ・ヒジュンが演じたソン・チョンも強烈で、記憶に残る悪役っぷり。罪悪感なく人を殺す狂気は恐ろしくも引き込まれ、イ・タンと似て非なる私刑を下すキャラクターは、後半の裏主人公といっても過言ではないだろう。
 
ダークヒーローモノの一面もある本作。イ・タンに協力を申し出るノ・ビンは、部屋中「バットマン」のグッズだらけで、ノ・ビンという名前もバットマンの相棒ロビンにちなんだ名前。本物のヒーローになりたかった男、ノ・ビンの活躍(?)が、ただの殺人者の話にとどまらず物語をよりドラマチックに盛り立てている。
 
ほかにも、「他人は地獄だ」のイ・チャンヒ監督による独特な演出が秀逸で、〝韓国ノワール〟の世界観にどっぷり浸れる。テンポの良いシーンは見ているだけで気持ちよく、逆にあえて予定調和を崩すような画角やアングルが不安をあおる。緩急のある物語に引き込まれ、いつの間にか監督の手のひらで踊らされていることに気づくのだ。
 
「殺人者のパラドックス」はNetflixで独占配信中。

ライター
梅山富美子

梅山富美子

うめやま・ふみこ ライター。1992年生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、映像制作会社(プロダクション・マネージャー)を経験。映画情報サイト「シネマトゥデイ」元編集部。映画、海外ドラマ、洋楽(特に80年代)をこよなく愛し、韓ドラは2020年以降どハマり。