「ミックスド・バイ・エリー:俺たちの音楽帝国」より

「ミックスド・バイ・エリー:俺たちの音楽帝国」より

2023.6.26

1980年代イタリアが舞台も、現代の著作権・海賊版問題にも通じるテーマを内包する「ミックスド・バイ・エリー:俺たちの音楽帝国」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

たとえそれが犯罪もしくは犯罪スレスレだったとしても、ビジネスでの成功を目指して突っ走る人物を描く映画には、あらがいがたい魅力がある。「ウルフ・オブ・ウォールストリート」でレオナルド・ディカプリオが演じた株式ブローカーが、わかりやすい例だろうか。
 
5月31日(水)よりNetflixで配信されている「ミックスド・バイ・エリー俺たちの音楽帝国」も、ある意味、そのタイプの魅力を放つ映画だといえる。1980年代のイタリアで、海賊版カセットテープ(違法コピー)の販売で大成功を収めた3兄弟を、実話に基づいて描く青春ものでありヒューマン作品だ。
 

「DJになりたいだけ」な主人公とその兄弟。ビジネスの拡張と周囲との攻防戦を描く

主人公は、ナポリのフォルチェッラというエリアで生まれ育ったエンリコ・フラッタシオ。この地域は貧しい人たちが暮らす下町で、エンリコの父親は偽物のウイスキーを駅で旅行者に売りつけて、妻と3人の息子を育てている。
 
ディスコのDJを夢見るエンリコだったが、レコードを買う資金もなければスター性もない。小遣い稼ぎのために売り始めたミックステープ〝ミックスド・バイ・エリー〟が評判となり、兄ペッペ(口が達者で金勘定に強い)&弟アンジェロ(ハンサムで派手好き)と3人でアイデアを出し合いながら、ミックスド・バイ・エリーブランドの大量生産と販路拡大を実現していく。
 
彼らのビジネスがうまくいった理由はいくつもあるが、「客が注文した45分のLPレコードを60分のカセットテープに録音すると、15分余る。そこにエンリコがセレクトした曲を録音することで、客が新しいアーティストを知り、次の注文につながる」というアイデアに、個人的にしびれてしまった。違法だけど。相手の求めることだけに応えるではなく、そこに+αする提案型サービスの効果は絶大だ。
 
グレーなビジネスなので、闇金業者やモロッコ人マフィア、3兄弟に上納金を要求する大物マフィア、大企業のCEO(最高経営責任者)ら一筋縄ではいかない人たちと、対等に渡り合わなければいけない。なかでも最大の敵は警察だ。当時はまだ著作権に関する意識が低かったが、CD(コンパクトディスク)が台頭した頃、レコード会社と政府が、海賊版の駆逐に本腰を入れ始める。運命共同体の3人と、表と裏も含めた〝社会〟との攻防戦が展開する。
 
サブタイトルの〝帝国〟つながりでいうと、上り調子のくだりは「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」に、追い詰められるくだりは「グリード ファストファッション帝国の真実」に通じるものがある。
 
とはいえ、そこまでスリリングではなく、よく言えばのどか、悪く言えばゆるい。その理由は、エンリコにお金への執着がほとんどないからだろう。むしろ、アドレナリンを出して突っ走っているのは2人の兄弟で、エンリコはいい音楽をセレクトして多くの人に届けたいとしか思っていないのだ。自分たちのやっていることが社会から非難され始めた頃に言う、「DJになりたいだけなのに、変なことに巻き込まれている」というまるで人ごとのようなボヤキが、エンリコというキャラクターを実によく表している。
 

効果的にシーンを彩る音楽の使い方と、劇中当時のナポリの風景も魅力

それでも本作にきつけられるのは、71年の幼少期から始まり、彼らが逮捕される91年までのナポリの風俗が、実に魅力的に描かれているから。3兄弟それぞれの結婚や出産なども描かれ、イタリア映画が得意とする大家族ものとして見ても楽しめる。87年のパートは、ナポリの町を水色の人々が埋め尽くすシーンで幕を開ける。セリエАでSSCナポリが初優勝した熱狂を再現しており印象的だ。マフィアの抗争を報道するニュース映像も、記録映像なのかフィクションなのか、判断がつかないほど出来が良い。
 
音楽映画としても、効果的にシーンを彩る当時のヒット曲に、50歳以上の音楽好きはワクワクするはずだ。初めて構えた実店舗がにぎわうシーンで流れるのは、Run-D.M.C.の「It’s Tricky」(86年)。大金を稼いで羽振りが良くなった彼らがマフィアに呼び出されるシーンでは、ユーリズミックスの「スウィート・ドリームス(アー・メイド・オブ・ディス)」(83年)が警告のように使われている。
 
また、海賊版や著作権の問題は、現在に至るまでイタチごっこのように続いている問題なので、過去の物語だが、テーマは現代的ともいえる。そして、鑑賞後はきっと、いくつかの教訓を得られるはずだ。個人的には、以下を(そんな機会はないだろうが)肝に銘じたい。
 
「大金を手に入れてもランボルギーニ・カウンタックを乗り回すな。ハイエナに目をつけられるぞ」
 
あ、「サンレモ音楽祭の海賊版テープが、翌日には市中の屋台に出回っている。誰がどうやって録音しているのか?」という謎が、エンドクレジットの途中で回収されるので、「クレジットを見る」ボタンを押すのを忘れずに。
 
Netflix映画「ミックスド・バイ・エリー:俺たちの音楽帝国」独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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