「マリウポリの20日間」©️ 2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation

「マリウポリの20日間」©️ 2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation

2024.4.23

元モスクワ特派員が見た「マリウポリの20日間」 オスカー像を手に「作られなければよかった」と言った監督の真意とは

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

田中洋之

田中洋之

2022年2月、ウクライナに突如侵攻したロシア軍が包囲した東部の要衝マリウポリ。現地の惨状を伝えるテレビのニュース映像を食い入るように見つめた。特に空爆された産科病院から血だらけの妊婦が担架で運ばれるシーンは衝撃的だった。こうした戦場での映像はどのように撮影され、世界に配信されたのだろう、と疑問に思っていたが、「マリウポリの20日間」を見て、合点がいった。ミスティスラフ・チェルノフ監督らウクライナ人ジャーナリスト3人で構成するAP通信の取材チームが、ロシアに侵略された祖国の実情を世界に伝えなければという使命感から、海外メディアが撤退するなか現地にとどまり、命がけの活動を続けたことによるものだった。
 
ロシア軍の蛮行を克明に記録した本作は、ウクライナ映画(米国との合作)として初のアカデミー賞(長編ドキュメンタリー賞)に輝いたが、授賞式でオスカー像を手にしたチェルノフ監督は「このステージで『この映画を作らなければよかった』と語る監督はおそらく私が初めてだろう。今回の受賞と引き換えに、ロシアが決してウクライナを攻撃せず、私たちの都市を占領しないようになればと願っています」とあいさつし、今なお戦争が続く現状に複雑な思いを示した。


侵攻初日に現地入り 取材を開始 

取材チームは侵攻開始当日にウクライナ東部ハリコフからマリウポリに入った。最初に出会ったのはロシアの攻撃に動揺して街をさまよう女性だった。チェルノフ監督は「民間人は攻撃されない。自宅で待機して」となだめるように話しかけた。ロシア側は民間人は攻撃の対象外と説明していたからだ。しかし、実際は無差別攻撃が行われ、市民に多数の犠牲が出た。侵攻3日目に地下シェルターで再会した先の女性から「家に帰ったら爆撃を受けた」と言われると、監督は自分が間違っていたことを認めて謝罪し、「無事で何より」とつぶやいた。 
 
また、シェルターで不安そうに身を潜める子どもたちを取材するなかで、チェルノフ監督は同じように避難生活を送る自身の娘たちを案じる。「心配だ。早く会いたい」。このように監督自らの苦悩や率直な思いが本人のナレーションで織り込まれ、戦争をより身近に感じさせる。 
 
「音」も効果的に使われている。当初は郊外から聞こえていた砲撃音が次第に近づき、4日目に市街地上空を飛行するロシアの戦闘機の音が初めて聞こえた。15日目に機関銃の音がしたのは、ロシア兵が街に侵入したからだ。まもなくZマークを付けた戦車がアパートを砲撃するようになり、街全体がほぼロシア軍の支配下に置かれた。マリウポリ包囲網がじりじりと狭まる様子が緊迫感とともに伝わってくる。 


ロシアからの「フェイクニュース」批判 裏付けで覆す 

担架で運ばれる妊婦の〝スクープ映像〟については、ロシア高官から「フェイクニュースだ」「(妊婦は)役者だ」といった指摘が出た。首都キーウ(キエフ)近郊のブチャで起きた虐殺をロシア側が「なかった」と主張したのと同じだ。これに対し、チェルノフ監督はその妊婦が搬送された別の病院を突き止めた。妊婦の名前はイリナ。空爆で致命傷を負っており、懸命の治療にもかかわらず死亡し、胎児も助からなかったとの証言を得る。現場を重んじるジャーナリズムの力でロシア側の「ウソ」がまた一つ暴かれた。 

映画では戦争に巻き込まれた市民たちが助け合って懸命に生きる様子が描かれる一方、商店に住民が侵入して食料や日用品を略奪する場面が出てくる。「全て盗まれた」「皆、動物のようになった」と嘆く女性店員。警備にあたる兵士は「わざわざ混乱を生むな。自分の暮らす街で略奪をしてどうする?」と吐き捨てるように言った。このようにカメラは戦時下の現実を容赦なく映し出す。「戦争はまるでX線だ。人間の内部を見せる。善人は善行を尽くし、悪人は悪行に手を染める」という医師の言葉が重く響いた。


「〝大義〟の犠牲を見ろ」映像素材搬出を支援 

ロシアの「戦争犯罪」を裏付ける生々しい映像を記録できたのは、チェルノフ監督らの「伝えたい」という思いだけではなかった。病院に次々と搬送される負傷者の手当てにあたる医師は、カメラの前で「連中(ロシア軍)が民間人を殺している様子を撮影しておけ。プーチン(ロシア大統領)にこれを見せろ。これがやつの大義の犠牲だ」と声を荒らげる。 

また電気やインターネット通信が切断され、チェルノフ監督らが撮影した映像素材を思うように送信できないなか、現地で知り合った警察官は「映像を市外に持ち出すことで世界にマリウポリの現実を知ってもらえる」と自分の車に取材チームを乗せてロシア軍の包囲網を突破した。まさにジャーナリストと地元住民の〝共同作業〟で戦争の実情を伝えることができたといえよう。


プーチン大統領の「保護」政策が招くロシア離れ 

もうひとつ指摘したいのは、映画のなかでマリウポリの住民の多くがロシア語で話していることだ。マリウポリを含むウクライナ東部ドンバス地方や南部クリミアはかつてロシア帝国の支配下にあり、ヨーロッパに近い西部と比べてロシア系住民やロシア語話者の割合が多い。1991年にウクライナがソ連から独立した後もその傾向は続いていた。 

しかし、監督のインタビューに答える住民たちは「(ロシアの支配下に入るのは)絶対に嫌だ。ウクライナ人として生きたい」「ウクライナで暮らしたい。ロシアは来てほしくない」と口をそろえる。ウクライナ侵攻を強行したプーチン大統領はロシア系住民やロシア語話者の「保護」を理由の一つに掲げているが、逆に「ロシア離れ」「ロシア嫌い」を招いているのが現実のようだ。 

マリウポリは現在、ロシアが実行支配し、街の様子は外部にほとんど伝えられない。チェルノフ監督はアカデミー賞の授賞式で次のように語った。「私は歴史を変えることができない。過去を変えることができない。しかし、私たちは歴史を正しく記録し、真実を広め、マリウポリの人々とその命を捧げた人々を決して忘れないようにすることができる。映画は記憶をつくり、記憶は歴史をつくるのです」 戦争は3年目に入っても終わりが見えないが、「マリウポリの悲劇」は本作によって語り継がれていくだろう。

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ライター
田中洋之

田中洋之

たなか・ひろゆき 毎日新聞記者。1965年福井県生まれ。87年に毎日新聞社入社。モスクワ特派員(99~2003年、10~15年)、シドニー特派員(04~05年)などを経て、17年から学芸部。日本とロシアなど旧ソ連圏にまつわる歴史や文化交流などについて取材。共著に「アジア30億人の爆発」「脱米潮流」(いずれも毎日新聞社)。