「人間の境界」©2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Cultu

「人間の境界」©2023 Metro Lato Sp. z o.o., Blick Productions SAS, Marlene Film Production s.r.o., Beluga Tree SA, Canal+ Polska S.A., dFlights Sp. z o.o., Česká televize, Mazovia Institute of Cultu

2024.5.11

勝手に引いた線で、命が区切られていいのか 国際政治学生が感じた難民政策への怒りと悲しみ「人間の境界」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

田野皓大

田野皓大

この作品を見て、「なんてひどいんだ」「助けてあげたい」と感じる人は多いと思う。私もその一人だ。しかしいま、ネットに難民に寄り添った意見を書き込めば、ほぼ間違いなく誹謗(ひぼう)中傷にさらされる。もっと難民を受け入れるべきだなどと言おうものなら、「売国者」「自分で受け入れろよ」などと返ってくる。大学の授業で難民についてディスカッションするときは互いに意見を尊重し、賛成でも反対でも自由に議論ができる。なのに大学を出た途端、その議論はしにくくなる。なぜ移民や難民について冷静な議論ができず、極論に走ってしまうのかと思う。

ポーランド・ベラルーシ国境で起きた悲劇

「人間の境界」の第1章は、シリア人家族がベラルーシに到着するところから始まる。シリアを逃れてきた彼らは、国境を越えてポーランドに入れば、ヨーロッパで自由な生活が送れると信じている。しかし無事にポーランドに入ったところでポーランドの国境警備隊に見つかり、ベラルーシ側に戻されてしまう。すると今度は、ベラルーシの兵士が彼らをポーランドへと追い返し、ポーランドに入るとまた国境警備隊にベラルーシに戻されてしまう。

映画は、2021年にポーランドとベラルーシの国境で起きた出来事を基にしている。アフガニスタン、シリア、イラク、イエメン、コンゴ民主共和国といった国々から、安全な地を求める人たちが、ベラルーシを経由してポーランドに渡ろうとした。ロシアのプーチン大統領の意をくんだベラルーシのルカシェンコ大統領は、政治的な混乱を誘発することを狙って意図的にポーランドに難民を送り込んだ。ポーランド側は非人道的な対応で難民をベラルーシ側に押し返した。映画は、シリア人難民家族のほか、彼らを追い返すポーランドの国境警備隊、ポーランド側の難民支援団体の活動家など、さまざまな視点から、この出来事を描いている。


難民は「武器」なのか

私が作品を見て感じたのは、難民が都合よく利用されているということだ。映画の中でポーランドの国境警備隊の上官は、隊員たちに「連中(難民たち)はプーチンとルカシェンコの武器。人間ではなく生ける銃弾だ」と説明し、取り締まりの厳格化を命じる。何度も国境を往復するうちに、難民たちは衰弱し疲れ果ててしまう。途中で死んでしまう難民も描かれる。

難民を「武器」よばわりとは! なぜこんな残酷なことができるのか、理解に苦しむ。自分がもし難民の立場であったらと考えると、まさに「絶望」の2文字だ。国境は、人が決めた線に過ぎない。その線によって人が死ぬ。ただの線が、凶器でもあるかのようだ。人間が勝手に決めた境界が、生死の境界となっていいのか。


「犯罪に走る」は本当か

現在、難民の受け入れを縮小する国が相次いでいる。難民の保護には莫大(ばくだい)な資金もかかる他に、犯罪発生率が上がることへの懸念など、受け入れ側の国民の心情的理由も挙げられる。しかし、本当にそうだろうか。この映画に描かれたような、越境することに命をかけた難民が、保護された途端に犯罪に走るだろうか。正直、私はそうとは思えない。

難民がテロや犯罪に加担してしまうという事実もあることは確かだ。だからといって、難民全てが犯罪者というわけでなく、受け入れ後の状況により生み出されることも多い。だからこそ、難民を受け入れ雨風をしのげる場所を作ればいいのではなく、次のステップ(キャリア形成)まであらゆる方向からの支援が必要だと感じる。

現在の政治は、難民を駒として扱っているように感じる。時には優遇し多くを受け入れ、時には拒む。政治家のポイント稼ぎではないか。日本でも同様だ。現在、日本の難民の認定率は世界的に見ても極めて低い。一方で、ウクライナ紛争に伴う避難民はあっさりと受け入れ、手厚く支援している。その隔たりに驚いた。多くの人が救われたことにはほっとするが、異例の対応には学生の中にも驚く者が多くいた。ウクライナ避難民を受け入れたことを批判しているのでなく、なぜ他の地域からの難民も同じように対処できないのだろうかと疑問に思う学生が少なくなかった。


まず理解し、議論を

本作品を見て、複雑で、もどかしい気持ちになった。映画の中で、活動家の一人が難民を助けるために隣人に車を借りようとする。しかし隣人は巻き込まれることを嫌がって口論となる。人道支援をすることで、近所付き合いや友人関係が壊れてしまうことを示す場面だ。あるいは、ポーランドの国境警備隊のなかに、非人道的な難民の扱い方に疑問を持つ者もいる。しかし彼も、組織の命令に従うしかない。さまざまな事情や理由で、困っている人々を助けるという当たり前のことができないのだ。

日本にも多くの難民がいて、解決策が必要なことは、大学の授業や討論、報道などで知っている。しかしこの映画を見て、難民問題に向き合うには、善悪の概念だけでは通用しないと痛感した。難民についてより理解したい。なぜ、国から逃げてきたのか。今後、どうしたいのか。難民の声を聞きたい。皆がきちんと日本の現状を知り、考えれば、難民問題への意見を感情的な極論で封じることのない社会になるのではないかと感じた。

残念なことに、難民はこの先も生まれ続けるだろう。私たちも、いつ天災や戦火によって難民になるか分からない。そうなったとき、作中のような悲劇に見舞われるかもしれない。まずは、難民についてきちんと議論できる環境を望むばかりだ。

ライター
田野皓大

田野皓大

たの・あきひろ 2003年埼玉県生まれ、日本大学国際関係学部国際教養学科在学中。高校時代は演劇部で、演出や舞台美術などを担当。23年5月より毎日新聞「キャンパる」編集部学生記者。
 

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