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「エルトン・ジョン:Never Too Late」より ディズニープラスで独占配信中© 2025 Disney and its related entities
2025.2.17
米アカデミー賞にノミネートされた音楽が印象的なストリーミング3作品をご紹介!
第97回アカデミー賞の季節が近づいてきた。今回は数多くのストリーミング作品がノミネートを果たす中から、特に「音楽」をテーマにえりすぐった3作品を紹介したい。
Netflix作品から2本、ディズニープラス作品から1本。芸術の至高の存在として君臨し続けるエルトン・ジョンの素顔に迫る「エルトン・ジョン:Never Too Late」、NYフィルハーモニーの歴史に新風を吹き込んだ女性音楽家の軌跡を描く「ザ・レディ・イン・オーケストラ NYフィルを変えた風」という2本のドキュメンタリーが、まさにその中核を成している。さらに「6888郵便大隊」と「エルトン・ジョン:Never Too Late」は歌曲賞にもノミネートされ、作品の音楽性の高さが評価された形だ。
「6888郵便大隊」より Netflixで独占配信中 © 2024 PERRY WELL FILMS 2, LLC. All Rights Reserved.
H.E.R.の「The Journey」がノミネート! 実話を基にしたドラマ「6888郵便大隊」
まず、H.E.R.による珠玉のエンドソング「The Journey」でアカデミー歌曲賞にノミネートされたNetflixによる配信映画「6888郵便大隊」。今作は、第二次世界大戦下で起きた感動的な実話を映画化した意欲作で、これまであまり語られることのなかった歴史の一ページに光を当てる。戦時中、山積みとなった未配達の手紙の処理に立ち向かった黒人女性部隊の奮闘。彼女たちは、前線の兵士たちと故郷で待つ愛する人々との絆を取り戻すという崇高な使命を、逆風の中で着実にやり遂げていったのである。
当時のアメリカでは、人種と性別による差別は歴然としていた。「白人の下位に黒人」「男性の下位に女性」……そんな厳然たる階層社会の中での新たな一歩をしるしたのが本作「6888郵便大隊」だ。チャンスすら与えられず、チャンスがあっても適切に評価されない時代に、黒人女性部隊が見せた不屈の精神と功績を描いた今作は、歴史の陰に埋もれかけた誇り高き物語を掘り起こしている。
本作の巧みな演出は、重厚なテーマを観客に自然に受け入れさせる手腕が光る。序盤から中盤にかけては、神父の娘として芯の通った性格を見せるメンバーや、部隊を左右するおてんば娘など、個性豊かなキャラクターたちの掛け合いが効果的に織り込まれる。この親しみやすい導入から、終盤の重厚な空気と深い感動へと滑らかに移行していく構成が見事。
また、戦争映画でありながら直接的な戦闘シーンや残虐な描写は最小限に抑えつつ、美術、衣装、演技の細部に至るまで戦時下の重苦しい空気を漂わせる手法には、作り手の細やかな配慮が感じられる。エンターテインメントとしての見やすさと史実に基づく重みの両立に、確かな手応えがある作品だった。
本作の重要なテーマとなっているのが、戦時下における「手紙」の存在意義だ。当初は「なぜ誇りをかけて戦いに来て郵便配達なのか」と戸惑う兵士たちだが、前線の兵士と故郷の家族を結ぶ唯一の絆として、一通の手紙が持つ重みを視聴者とともに理解していく。現代のデジタルコミュニケーション全盛期には想像し難いが、当時の手紙は単なる情報伝達以上の、かけがえのない心の支えだった。兵士の士気を高め、家族の不安を和らげ、恋人たちの思いをつなぐ――、その尊い役割に気付いていく様子が、静かな感動を呼ぶ。
そして、本作を確固たる説得力で支えているのが、主演ケリー・ワシントンの存在だ。彼女特有の力強いオーラと繊細な感情表現が見事に調和し、作品全体の格を1段階引き上げている。
歴史の陰に隠れがちな物語を掘り起こし、現代に伝えていく、その重要な役割を「6888郵便大隊」は見事に果たしている。黒人女性部隊の誇りと奮闘を描いた本作は、単なる歴史ドラマの枠を超え、私たちに大切な問いを投げかける意義深い一編となった。
エンドソング「The Journey」でアカデミー歌曲賞にノミネートされている。本作の余韻を見事に昇華させるこの印象的な主題歌は、物語が伝えようとした思いを音楽という形で静かに、しかし力強く訴えかけてくる。Netflixでの配信作品ではあるが、スタッフロールの最後まで、この深い感動の余韻に浸ってほしい作品である。
「エルトン・ジョン:Never Too Late」より ディズニープラスで独占配信中 © 2025 Disney and its related entities
歌曲賞にノミネート! 長編ドキュメンタリー「エルトン・ジョン:Never Too Late」
ディズニープラスで独占配信中の「エルトン・ジョン:Never Too Late」はエルトン・ジョン本人とブランディ・カーライルによるエンディング楽曲「Never Too Late」でアカデミー歌曲賞にノミネートされている。最近ツアーを引退すること、視力の著しい低下を告白しているエルトン・ジョンの人生を、赤裸々なトークと大量の記録映像、ジョンの音楽と共に振り返るドキュメンタリー作品だ。
本作は、両親におびえて過ごした幼少期から、運命的な音楽との出会い、そしてロックンロールスターへの変貌を経て、愛と喪失を繰り返しながら成長していく一人の表現者の軌跡を丹念に追う。現在も継続しているポッドキャスト番組で、世間から見過ごされている新進気鋭のアーティストたちや往年の名曲までを網羅的に紹介する姿まで収められており、エルトン・ジョンという稀有(けう)な芸術家の全貌が、無駄のない構成で描き出されている。特筆すべきは作品のペーシングの良さだ。これだけの豊富な素材を扱いながら、見る者を決して退屈させない緻密な編集は見事というほかない。
本作を通して浮かび上がるのは、エルトン・ジョンが常に人との絆の中に自己を定位してきた表現者だという事実だ。家族との和解、音楽仲間との連帯、そして新世代のアーティストたちへの惜しみない支援――彼の人生の核心には、常に他者との関係性が横たわっている。そうした温かな人間性を、本作は決して大仰にならずに描き切った。スター性と人間性、華やかさと親密さのバランスが絶妙な、洗練されたドキュメンタリーに仕上がっている。
短編ドキュメンタリー賞ノミネート! 「ザ・レディ・イン・オーケストラ NYフィルを変えた風」
Netflixで独占配信中の「ザ・レディ・イン・オーケストラ NYフィルを変えた風」は、その名のとおりNYフィル初の女性楽団員として採用され、時代を変えたコントラバス奏者オリン・オブライエンを紹介するドキュメンタリーで、アカデミー短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされている。
オーケストラの中で「脇を固める」存在であるコントラバス奏者。その立ち位置を誇りとし、〝脇役を受け入れる〟と宣言する謙虚さが、逆説的にも彼女を NYフィルの〝顔〟の一人へと押し上げていく。本作は、楽団員たちから深い信頼を寄せられる一人の演奏家の姿を丁寧に映し出す珠玉のドキュメンタリーだ。
巧みな構成力も本作の魅力となっている。彼女の演奏を効果的に用いた音楽の使い方、そして舞台上での演奏シーンと、素顔ものぞける会話シーンのバランスが絶妙だ。わずか35分という再生時間は、見る者を夢中にさせるに十分な密度を持っている。「有名人の娘」「女性初の楽団メンバー」こうした経歴は、彼女の本質的な価値を語る上では付随的なものでしかない。そこにあるのは、絶え間ない研さんによる確かな演奏力と、周囲の信頼を集める稀有な人間性である。
今回ご紹介した3作品は、いずれも音楽という普遍的な言語を通じて、人間の魂の機微に迫る傑作といえるだろう。3月2日(現地時間)のアカデミー賞授賞式を前に、各配信プラットフォームでぜひこれらの作品に触れていただきたい。