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2022.12.04
「宗教」にまつわる物語を、エンタメ性と重厚さを両立させ描いた野心作「聖なる証」:オンラインの森
アメリカやイギリス、アイルランドなどでは映画館で限定公開され、日本では11月16日からNetflixで配信が始まった「聖なる証」。批評家筋の評価も高く、2022年の賞レースにも絡んできそうな注目作だ。主演はフローレンス・ピュー。インディペンデント系からMCUまで引っ張りだこの売れっ子で、「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」(19年)では4姉妹の末っ子エイミー役でアカデミー賞にもノミネートされている。
Aidan Monaghan/Netflix © 2022
113週間断食したと言われる少女の逸話をベースにしたフィクション
今回ピューが演じているのは19世紀の英国人看護師リブ。とある仕事を依頼されて、海を渡ってアイルランドに降り立つ。なんと11歳の少女が4ヵ月も食事を摂らずに生きており、“奇蹟(きせき)”として信仰の対象になっているというのだ。リブは本当に奇蹟が起きているのかどうかを検証するために、少女を観察することになる。
4ヵ月もなにも食べずに生きていられるわけがない――と常識的に考えるのは、主人公のリブも変わらない。しかし、19世紀のイギリスやアメリカでは、「ファスティング・ガール」と呼ばれる断食をする少女たちが何人も現れ、彼女たちを聖性の証しだと考える人たちも少なからずいた。本作はあくまでもフィクションだが、断食したまま113週生きたと言われるサラ・ジェイコブという少女の逸話がベースになっている。
映画は“奇蹟”の真相を探るミステリーかと思いきや、リブが次第に少女(劇中ではアナ)との距離を縮め、彼女を守りたいと思うことで、さまざまな形の対立が浮かび上がってくる。リブはアナやその家族と対立し、女性を侮る男社会と対立し、敬虔(けいけん)なカトリックの地元コミュニティーと対立し、宗主国であるイギリスとアイルランドの対立にも直面する。そしてなによりも、利害のためにアナを利用する狂信的な価値観と衝突することになっていく。
チリ出身のセバスティアン・レリオ監督は、冒頭からこの映画がただの昔話ではないと観客にクギを刺してくる。時代設定は1862年だが、最初に映るのは現代の撮影スタジオ。カメラが横にパンすると、そこにはアイルランドに向かう船内のセットが組まれており、リブ役のフローレンス・ピューが演技をしているのだ。
あえて物語に入り込むことを邪魔するようなアプローチに戸惑うかもしれないが、レリオ監督は、この映画がただ過去を描いた時代物ではなく、現代につながるテーマを描くための一種の「乗り物」のようなものだと伝えているのだろう。
外からの視点が入ることで、われわれは「奇蹟」に懐疑的なリブのことも、一歩引いたところから見始めることになる。そしてこの映画が何を描こうとしているのかを、頭のどこかで意識せずにはいられない。
Aidan Monaghan/Netflix © 2022
フローレンス・ピューとキーラ・ロード・キャシディの見応えある演技合戦
劇中で描かれる “奇蹟”が果たして本物なのか偽りなのかは、作品をご覧になって確認いただくとして、レリオ監督(と原作者のエマ・ドナヒュー)は間違いなく、“物語”が時として毒にも薬にもなり得ることを暴こうとしている。誰しも覚えがある映画や小説や音楽に救われる体験も、Qアノン的なトンデモ話や特定の宗教を盲目的に信じるのも、等しく“物語”を求めた結果であると言える。
われわれはなんのために“物語”を求めるのか? “物語”はわれわれになにをもたらしてくれるのか? 静かな語り口の行間から聞こえてくる問いかけは尽きない。
フローレンス・ピューとアナ役のキーラ・ロード・キャシディが繰り広げる、天才同士の演技合戦だけでもお釣りがくるクオリティーだが、王道のエンタメの体裁を手放すことなく重層的なテーマに斬り込んだ、何度でも反芻(はんすう)する価値がある野心作だと思っている。
「聖なる証」はNetflixで独占配信中