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2024.2.03
アカデミー賞にノミネート! アンデス山脈で起きた想像を絶する墜落事故を映画化したサバイバルドラマ「雪山の絆」:オンラインの森
アンデス山脈の人里離れた山地で実際に起こったウルグアイ空軍機571便の墜落遭難事故の神髄を描いた映画「雪山の絆」。今作は生き残った29人の壮絶な日々を描いた想像を絶する奇跡の物語で、現在もNetflixにて配信されている。
同事故はこれまでにもドキュメンタリー映画や、1976年のメキシコ映画「アンデス地獄の彷徨」、93年のアメリカ映画「生きてこそ」など何度も作品化されているが、今作は2004年のインドネシア・スマトラ島沖地震に巻き込まれたスペイン人一家の実話を基にしたナオミ・ワッツ&ユアン・マクレガー主演映画「インポッシブル」(12年)のスペイン人監督J・A・バヨナが10年の構想を経て製作。
事故被害者と友人関係だった著者が遭難事故から36年後に発表した著書を基に、被害者たちの葛藤をより深く描き、配信開始時から多くの注目を浴びている。先日発表された「第96回アカデミー賞」国際長編映画賞にノミネートされ、役所広司主演の「PERFECT DAYS」などと競うことになる。
雪と氷の岩山に投げ出された生存者たちの想像を絶するサバイバル
物語の舞台は、72年。ウルグアイのステラ・マリス学園のラグビー選手団が遠征のためにチャーター機でチリに向かう途中、悪天候のために迂回(うかい)したアンデス山脈、高度4200メートルの地で機体が岩山に接触し、左右の翼に加えて、機体尾部も失った状態で雪と岩山しかない雪山に墜落。
乗員乗客45人のうちケガ人も含めて生き残った29人は、ジュースの瓶が割れるほどいてつく寒さのなか、救出を待つことになる。しかし彼らは防寒靴どころか防寒具さえも持っていなかったため、座席シートをはがして毛布代わりにし、身を寄せ合って寒さをしのぐ。食料もチョコレートとスナック菓子とわずかな缶詰、そしてワイン数本だった。そんななか、力を合わせて機内の座席を撤去して避難場所を確保し、捜索隊に見つけてもらえるまでなんとか生き抜こうとする。
絶望感にさいなまれるなか、遺体を食べて生き延びようという声が上がる
人は水と睡眠さえ取っていれば、2〜3週間は生きられると言われているが、彼らの戦いは墜落した日から72日間も続くことになる。鏡を使って捜索隊の飛行に信号を送るなど、知恵を絞るも壮大な自然の中で彼らの存在は小さ過ぎ、捜索隊に見つけてもらうことはできない。無線も使えず、食料も底を突き、わずかな希望すらも失われていく。
周囲には見渡す限り雪と岩しかないため、なかには自分のかさぶたをはがして食べたり、布製の靴ひもやタバコの葉を口にしたりする者も現れるが、食べられたものではない。雪があるため水分は補給できるが、何も食べられなくなってから1週間を超え、尿が黒くなる。全員が飢え死にの危機にひんするなか、遺体を食べて飢えをしのごうという声が上がる。
この遭難事故は生存者たちが生きて帰るためにやむない手段に出たことで、当時、かなりの物議を醸したそうだが、映画「雪山の絆」は究極の選択に至るまでのすさまじいひもじさや彼らを追い込む自然の厳しさが、93年の「生きてこそ」よりも繊細に描かれているように思う。――覚悟を決めた者、拒絶する者、葛藤する者。「神は許してくれるのか?」「生きるためと理解してくださるのでは?」「臓器提供と同じで本人の許可がないといけないのでは?」などいろいろな意見が飛び交うが、1人また1人と命を落としていく。
自らの肉体を差し出すことは、身勝手なのか? それとも仲間への愛なのか?
そんななか、〝自分が死んだら食べていい〟と意思表明した4人がついに行動に移し、葛藤していた者たちも彼らに続く。集団心理的行動だが、生き延びるための生存本能の表れでもあるだろう。そうして、体力をつけた者たちは消えた機体尾部を探すなど、家族の元に帰るために動き出す。
彼らの行動からは、誰か(の肉体)に生かされたからこそ、〝絶対に家族の元に帰るんだ〟という強い意思が感じられる。確かに人肉を食べることは倫理的に反することかもしれないが、このような極限状態に陥ったことがない人間が彼らを責めることはできないのではないだろうか。
それよりも彼らは幾度となく絶望を経験したわけだが、それでも諦めなかったことに敬意を表したい。そして、この事態に遭遇した人々の生きざまからは考えさせられることが多々あり、鑑賞後も繰り返し、自問自答することができる作品だと感じた。
こういった重層的要素が評価され、スペイン・アメリカ・ウルグアイ・チリ合作の今作は、「第96回アカデミー賞」国際長編映画賞にノミネートされたのだろう。
同じくノミネートされたのは、役所広司主演、ビム・ベンダース監督の「PERFECT DAYS」(日本)や、「第80回 ベネチア国際映画祭」銀獅子賞(監督賞)受賞の「lo Capitano」(イタリア・ベルギー合作)、教育現場が舞台の「The Teachers' Lounge(英題)」(ドイツ)、アウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家を描いた「関心領域」(アメリカ・イギリス・ポーランド合作)の4本。いずれも秀作ぞろいのため、どの作品が選ばれてもおかしくないだろう。
なお、Netflixでは、過酷な雪山での撮影や実際の生存者の声も収録したドキュメンタリー映画「雪山の絆 彼らは何者だったのか」も配信されている。生存者たちの声を聞くことで、バヨナ監督が劇中で何をリアルに再現したのかを知ることができる。本編と合わせて、見るべきだろう。
「雪山の絆」はNetflixで配信中。