Y2K=2000年代のファッションやカルチャーが、Z世代の注目を集めています。映画もたくさんありました。懐かしくて新しい、あの時代のあの映画、語ってもらいます。
2023.4.01
身につける美と対比して描かれているのは、それぞれのプライドと信念!「プラダを着た悪魔」をZ世代のシンガーソングライターが見てみた
ずるい。ずるすぎる。何がって、冒頭間髪入れずに流れるイントロ。
KT Tunstall の「Suddenly I See」。名作に負けないどころか、これから始まるストーリーにえたいの知れない胸騒ぎを感じさせる、彼女の少し乾いたクールな声とメロディー。これ以上にマッチする楽曲は他にないだろう。驚くのは、この映画のために書き下ろされた曲ではないということ。ニューヨークの街並みに乗せて流れる最高の音楽。初っぱなから感服だ。何度聞いても、こんな曲が書きたいと憧れてしまう。
That’s all 以上よ
ジャーナリストを目指しニューヨークへやってきた、アン・ハサウェイ演じる主人公のアンディ。ひょんなことから、ファッション業界最大の影響力を持つ「ランウェイ」の編集長のアシスタントとして働くことになる。そして、ここのボス、ミランダこそがタイトルの「プラダを着た悪魔」。絶対的存在であるミランダ。悪魔であり、女王蜂である彼女の要望は、仕事にとどまらず双子の娘の宿題まで。NO なんて選択肢はない。質問もしてはいけない。アンディはろくに名前も呼んでもらえない。ボスの口癖は、早口で指示をした後、あきれた時、ピシャリと放たれる〝That’s all〟(以上よ)。
元々ジャーナリスト希望で、ファッションにも興味がなかったアンディは、度が過ぎる要望と雑用に疲弊していく。ミランダは私を嫌っている。どんな頑張りも彼女は認めようとしない。上司のナイジェルに愚痴をこぼすが「君は努力していない、甘ったれるな」と一蹴されてしまう。ここでスイッチが切り替わったアンディは、彼の協力によって「ランウェイ」のオフィスにふさわしいファッションに身を包むようになる。私がこの映画で最も好きなシーンだ。上等な服に身を包んだアンディの自信は画面越しにも伝わるほど、その場の空気を変えた。ゾワッと鳥肌が立つほどに(もちろん世界的スターのアン・ハサウェイなのだから、美しいに決まっているが)。
ここから私たちは〝へこたれない女、アンディ〟の怒涛(どとう)の巻き返しを楽しむことができる。
頭が良くひたむきなアンディは、ミランダの右腕としてキャリアを積み、終盤ではパリのコレクションへ同行する重要な人材となる。ボスの口癖’〝That’s all〟も、アンディの仕事ぶりに声色が変わっていく。さあ、最終的に主人公はどんな道を歩むのか? ニューヨークの街、ファッション業界。華やかな世界が舞台に見えて、仕事、生活、恋愛に友情、共感できるポイントがたくさんある。絶妙なバランス感がこの作品のうまいところだ。
ミランダは本当に悪魔?
幸か不幸か、私はミランダほど突き抜けた上司に出会ったことはない。彼女のように、いかなる相手にも手を緩めない姿勢は、ひそかに憧れる人間像でもある。さすがにやりすぎだと思う部分も多いが、彼女にはその冷徹さを裏付ける経験と知識と自信がある。キャリアウーマンとして多くの犠牲を払い築き上げた彼女のポジション。だからこそ効くパリでのワンシーン。アンディを信頼し、ついに心を開いたノーメークにガウン姿のミランダの素顔は、ひとりの女性で、ひとりの母親だった。彼女は涙と孤独をさらけ出しつつ、それでもやっぱり強かった。
アンディと私
アンディは不本意ながらファッション業界に入ったが、私の場合、シンガー・ソングライター、アーティストとして、強い憧れを持って今この業界にいる。アートの世界、エンターテインメントの世界は自由度が高い分、生き方もさまざまだ。その中で自分が心引かれる方向を見つけるのは、途方もない一生の旅ともいえよう。いかにオリジナリティーを見いだすか、その中にどう大衆性を結び付けるか。歌を届けるためには? 聞いてもらうためには? その時、一番大事な〝思い〟を置いてきていないか?
活動において、正面から斬ってくれる存在はとても貴重だ。それが憧れの方なら尚更に。私自身、最近そんなありがたい機会があった。正直少し寝込むほど厳しい言葉もいただいた。ただ、打ちのめされてからが重要だ。その感覚をどう自分の地図に書き起こしていくか? ここで必要なのが「プライドと信念」だと思う。痛いところと、強い思いをうまく照らし合わせて道を見つけるのだ。
強く、美しくあるために
登場人物全員、プライドが高い。この表現は日本ではあまり良い印象ではないが、ここではとても良い意味だ。泥臭くて、すがすがしくて、きらめいている。ミランダもアンディも違うベクトルの確固たる信念を持ち、我が道を行く。めげそうになった時、一番強い味方は自分だ。私は本気でそう思っている。大丈夫、そう心で唱えるためには、自分の言葉や活動に誇りを持っていなければならない。そのために曲を書き、言葉を探している。
ゾクゾクする化学反応を起こしながら、映画は終わっていく。ラストシーンの 2人の表情は素晴らしかった。思い返せば、冒頭の KT Tunstall の声からも彼女の内なる思いが感じ取れる。ファッションがストーリーの大きな軸にある「プラダを着た悪魔」。身につける美と対比して描かれているのは、それぞれのプライドと信念。誰かに見せつけるものではなく、内からにじみ出る、誰にも奪えないもの。
強く、美しくあるために、私が持つべきものはなにか?それを気づかせてくれた作品だった。
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