「マエストロ:その音楽と愛と」より ©2023 NETFLIX, INC.

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2023.12.25

偉大なる作曲家レナード・バーンスタインの強烈な夫婦関係を描いた「マエストロ: その音楽と愛と」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

ブラッドリー・クーパーといえば、「アリー/スター誕生」で映画監督デビュー作とは思えぬ手腕を発揮したハリウッドスター。しかも同作ではレディー・ガガとダブル主演しただけでなく、人気ミュージシャン役で歌や演奏も披露。レディー・ガガのコンサートにゲスト出演までしていた。ちょっと多才すぎやしませんかと思っていたら、Netflixで配信が始まった監督第2作「マエストロ: その音楽と愛と」が期待値のハードルをやすやすと越えてきた。
 


アメリカを代表する名指揮者・作曲家、バーンスタインと妻フェリシアの伝記映画

 「マエストロ: その音楽と愛と」は、アメリカを代表する名指揮者で作曲家だったレナード・バーンスタインと、妻フェリシア・モンテアレグレの伝記映画。「アリー/スター誕生」ではアメリカのカントリーロックのシーンを描いていたが、今回はクラシック音楽やミュージカルの世界に視線を向けており、その守備範囲の広さにも驚く。
 
バーンスタイン役はクーパーが、フェリシア・モンテアレグレを「プロミシング・ヤング・ウーマン」のキャリー・マリガンが演じており、すでに候補が発表されたゴールデングローブ賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞と主要部門すべてにノミネート。これから始まる賞レースシーズンをにぎわす作品になりそうだ。
 
もともとこの企画は、マーティン・スコセッシやスティーブン・スピルバーグが監督する予定だったが、両者とも他の作品で多忙だったため、クーパーに企画が譲られた経緯がある。
 
クーパーはスピルバーグのために「アリー/スター誕生」の試写をセッティングしたが、スピルバーグは序盤の山場であるコンサートシーンで席を立ってしまったという。絶望でアタマを抱えるクーパーの前にスピルバーグは立ち、『マエストロ』の監督は君だよ」と言って席に戻っていった、とクーパーは明かしている。
 

バーンスタイン夫妻の複雑で強い結びつきを描き出したクーパーの手腕に今後も注目

 クーパーが望んだのは、バーンスタインの伝記的事実を網羅することではなく、同性愛者でもあったバーンスタインと妻フェリシアの、複雑だが強い結びつきをスクリーンに描き出すこと。俳優でありピアニストでもあったフェリシアは、バーンスタインの才能にほれ込んでおり、劇中ではバーンスタインの芸術家としての感性を尊重しながら、波乱に満ちた日々を送ることになる。
 
フェリシアが黙認していたとはいえ、妻子がありながら次々と男性の愛人を作り、家に帰ってこない時期もあったバーンスタインは、決して良い夫とは言えなかった。
 
クーパーは映画のすべてが2人の心象風景であるかのように、現実と幻想、日常と舞台の境界線を曖昧にし、ときに暴力的にすら感じる力強い音楽と、突然ミュージカルを挿入するなどトリックに満ちた映像表現を駆使して、他人には立ち入ることができない夫婦の複雑な関係に迫っていく。筆者は画面と音の圧倒的な密度に幻惑され、クーパーとマリガンの鬼気迫る熱演もあいまって、画面から目が離せないままヘトヘトになっていた。
 
クーパーが作り上げたのは、決して美談をうたうタイプの伝記映画ではない。ただただ、バーンスタインとフェリシアというパワフルな人間が存在し、これほど強烈な関係が生まれていたことを、映像と音に置き換えようとしたのではないか。そして映像表現の先を切り開こうという野心において、クーパーはいま最も注目すべき現役監督のひとりだと確信させられた。
 
「マエストロ:その音楽と愛と」はNetflixで配信中。

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

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