誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。
2023.8.10
「バービー」「トランスフォーマー/ビースト覚醒」 今なぜ〝おもちゃ原作〟?
「バービー」「トランスフォーマー ビースト覚醒」と、〝おもちゃ原作〟の映画が米国で相次いで大ヒットしている。「バービー」は米玩具大手のマテル社の少女向け着せ替え人形、「トランスフォーマー」は同じく玩具大手の「ハズブロ」と国内玩具大手「タカラトミー」が提携した少年向けロボットだ。なぜ今、玩具メーカーが映画化に積極的なのか。戦略を探った。
誕生から半世紀以上女性を後押し マテル社の「バービー」
「バービー」はワーナー・ブラザースが製作し、米国での公開は7月21日。米映画情報サイトのボックス・オフィス・モジョによると、8月8日時点で米国の興行収入が4億5939万ドル(約656億円)、世界興収10億3359万ドル(約1478億円)を記録。日本での公開は11日だ。
バービーは1959年にマテルが発売して世界的に人気となった着せ替え人形だ。マテルの共同創業者のルース・ハンドラーが考案し、娘バーバラの愛称である「バービー」と名付けた。61年にボーイフレンドの「ケン」を発売。その後、宇宙飛行士や経営者、大統領のバービーが登場し、現実社会の女性たちに先駆けて多様な職業に進出してきた。
「バービー」© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
現実の価値観とギャップも
現在もバービーはマテルの経営の柱となる商品だが、近年売り上げは伸び悩んでいる。映画でも、マーゴット・ロビー演じるバービーが現実の人間世界に行き、自分は人気者だと信じて子供たちに話しかけるが、「5歳で卒業した」と冷たく言われてショックを受けるシーンがある。
「バービーランド」は女性中心社会で、バービーは「女性の社会進出のモデルとなってきた」と子どもたちに胸を張るが、「価値観の押しつけだ」とにべもなく反論されてしまう。最近のバービー人形のラインアップは多様性を推進しているものの、バービーランドの世界観と現実とのギャップは広がり、長寿玩具ならではの課題を抱えていた。
関連玩具売り上げよりIP企業転換
映画化されてヒットすれば、玩具の売れ行きに跳ね返る。マテルも映画公開に合わせて、映画と同じ衣装を着た「バービー」や「ケン」、3階建てのバービーの家「ドリームハウス」など関連玩具を販売、売り上げは「非常に好調」という。
ただ日本法人のマテル・インターナショナルの広報は「映画を作るのは玩具の売り上げを伸ばすためではない」と解説する。マテルは成熟化したハード中心の玩具メーカーから、キャラクターのIPの有効活用を中核とした会社へとビジネスモデルの転換を図っている。バービーの映画化は「マテルがIP企業として進む」ためのきっかけと位置付ける。
頭打ちハードウエア玩具市場の打開策
知財ビジネス会社への転換は同社のイノン・クライツ最高経営責任者(CEO)が主導している。クライツCEOは、オンライン動画製作・配信会社「メーカースタジオ」(現ディズニー・デジタル・ネットワーク)のCEOを経て、2018年4月からマテル社のCEOに就任した。コンテンツ業界で長い経験を持つ。
映画「バービー」の登場人物と同じ衣装のバービー(左)とケン=マテル・インターナショナル提供
クライツCEOは7月26日に発表した決算資料で、バービー映画化の成功について、「会社の歴史における重要なマイルストーン(節目)として記録されるだろう」と述べた。そして、映画は「IPの価値を最大限に引き出すための戦略の重要な進展だ」と強調した。マテルはバービーのほかに「きかんしゃトーマス」やカードゲーム「UNO」、ミニカー「ホットウィール」などの有力玩具を有しており、映画「バービー」はマテル社のIPビジネス企業化転換の試金石になりそうだ。
伸び悩む玩具市場の起爆剤に
米国の玩具業界は、2017年に玩具販売大手のトイザラスが経営破綻するなど厳しい環境にある。マテル、ハズブロを中心としたハードウエアの玩具市場は成熟化し、売り上げは頭打ちだ。その中で生き残る切り札が、玩具の人気と知名度を生かしたIPビジネス戦略だ。映画化により、埋もれていた玩具キャラクターを復活させ、IPを生かして収益源を多角化し、ブランドの再活性化を目指そうというのである。
一足早くIP化 ハズブロ社「トランスフォーマー」
〝おもちゃ原作〟映画でマテル社に先行するのが、ライバルのハズブロ社だ。変形ロボット玩具を映画化した「トランスフォーマー」シリーズの第7作「ビースト覚醒」が、米国で6月9日から公開され、8月8日時点で米国興収1億5700万ドル(約224億円)、世界興収4億3370万ドル(約620億円、共にボックス・オフィス・モジョ調べ)と大ヒット。4日から日本でも公開されている。
玩具の「トランスフォーマー」は1984年にハズブロ社が商品化した。もとは日本の玩具メーカーのタカラ(現タカラトミー)が、ウォークマンや自動車などからロボットに変身する「ミクロマン」「ダイアクロン」という二つの変形ロボの玩具を発売していた。これに興味を持ったハズブロが「トランスフォーマー」と名付けてコミックやアニメとともに展開を開始した。それ以降、トランスフォーマー関連商品について、全世界マーケティングはハズブロが、企画やデザインは両社で協働、生産は全てタカラトミーが担当する分業体制を築いている。
2000年代に入って、ハズブロは知財戦略を重視するようになった。当時のブライアン・ゴールドナーCEO(故人)が、数あるハズブロの玩具キャラクターの映画化に力を入れたことが切っ掛けだ。ゴールドナーは映画化することで玩具の認知度を高めて、マンガやアニメ、映画などのメディアミックスでより大きく展開していくというビジョンを持っていた。
「トランスフォーマー/ビースト覚醒」©2023PARAMOUNT PICTURES. HASBRO, TRANSFORMERS AND ALL RELATED CHARACTERS ARE TRADEMARKS OF HASBRO.©2023 HASBRO
玩具購買層の若返り狙う
「トランスフォーマー」は07年7月に1作目が公開された。ハリウッドに売り込みをかけるにあたり数点プロットを作成し、スティーブン・スピルバーグ監督が映像化権を購入した。スピルバーグ監督の息子がトランスフォーマーのファンだったことが後押ししたという。映画は約7億1000万ドル(約1015億円)の世界興収を上げてシリーズ化。「ビースト覚醒」は7作目で、全作品の世界興収累計は約52億8101万ドル(約7551億8443万円)に上る。ハズブロ玩具のキャラクターではほかに、兵士人形「G.I.ジョー」(09年)やボードゲーム「バトルシップ」(12年)が映画化されている。
タカラトミーは、映画「ビースト覚醒」で子供のファン層の再開拓を狙う。トランスフォーマーは発売から時間が経たつにつれてファン層の年代が上がり、中核は40歳代という。これに合わせて玩具の対象年齢も15歳以上だったが、「ビースト覚醒」関連では対象年齢を6歳以上に引き下げた。2023年度に発売予定のトランスフォーマー玩具商品は100点を超え、このうち映画「ビースト覚醒」関連は約半数の52点に上る。
映画「トランスフォーマー ビースト覚醒」の等身大立像の前に立つ日本語版の声優を担当した中島健人(右)と仲里依紗=東京都新宿区で2023年8月1日、山口敦雄撮影
同社の白井貴彦・企画マーケティング課長補佐は「映画化はお子さんにもしっかり商品をアピールできる良いタイミングだ」と語る。24年夏から秋にかけて、トランスフォーマーのCGアニメ映画が予定されているほか、「ビースト覚醒」も3部作になる予定だ。
「マリオ」大ヒットで知財関連売り上げ3倍に
知財を重視する戦略を打ち出すのは玩具業界だけではない。ゲーム大手の任天堂が発表した23年4~6月期決算では、最終(当期)利益が前年同期比52.1%増の1810億円と過去最高益となった。好業績をけん引したのが、映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の大ヒットだ。配給の東宝東和によると、全世界の興収は8月7日時点で13億5275万ドル(約1934億円)に達している。
映画の大ヒットで、同社のIP関連の売上高は318億円と前年同期に比べて3倍近くに膨らんだ。任天堂は映画版スーパーマリオへの関心が高まることで事業全体の活性化につながっていると指摘する。「バービー」「ビースト覚醒」のヒットも、マテル、ハズブロ両社の収益に好影響を与えるだろう。玩具メーカーの知財を活用した映画化の動きは加速しそうだ。