第76回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞「すばらしき世界」 西川美和

第76回毎日映画コンクール 日本映画優秀賞「すばらしき世界」 西川美和

2022.3.04

日本映画優秀賞 「すばらしき世界」西川美和  「汗をかいてくれた人たち」が支えた豊かな現場

日本映画大賞に「ドライブ・マイ・カー」

男優主演賞 佐藤健「護られなかった者たちへ」
女優主演賞 尾野真千子「茜色に焼かれる」


第76回毎日映画コンクールの受賞作・受賞者が決まりました。2021年を代表する顔ぶれが並んでいます。受賞者インタビューを順次掲載。
1946年、日本映画復興を期して始まった映画賞。作品、俳優、スタッフ、ドキュメンタリー、アニメーションの各部門で、すぐれた作品と映画人を顕彰しています。

ひとしねま

ひとシネマ編集部

スタッフ17人と登壇 スタッフと喜びかみしめ


表彰式でスタッフと登壇した=2022年2月15日、前田梨里子撮影

2月15日の表彰式、「すばらしき世界」で日本映画優秀賞の西川美和監督は、スタッフ17人とともに登壇した。メインスタッフのほか助手らも勢ぞろい。「汗をかいてくれたスタッフに声をかけました。作った人と喜べるのはいいもんなんだと、喜びをかみしめています」とあいさつして、喝采を浴びた。
 
2003年にデビュー作「蛇イチゴ」が脚本賞とスポニチグランプリ新人賞、06年長編2作目の「ゆれる」で日本映画大賞を受賞。その後も09年「ディア・ドクター」の八千草薫が女優助演賞、16年「永い言い訳」で監督賞と本木雅弘の男優主演賞と、毎日映コンの常連である。「若い頃は、自分だけが褒められて場違いだなと思った」と言うが、今回は日本映画優秀賞のほか、撮影賞の笠松則通、音楽賞の林正樹、男優助演賞の仲野太賀と4部門で受賞した。映画を支えた人たちについて、語ってもらおう。


 ©佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

10年前から注目 類いまれなカメラ前の在りよう 男優助演賞・仲野太賀

まずは男優助演賞の仲野太賀。刑務所から出てきた元ヤクザの三上を取材する、作家志望のディレクター。最初はおっかなびっくりだったが、次第にその人柄にひかれていく。観客と三上をつなぐ役どころだ。仲野には10年前から注目していた。
 
「ドラマに小さな役で出てもらったんですけど、カメラ前の在りようが類いまれだと思った。撮ってる側を観察して、助けになろうとしてる。勘のいい俳優は、カメラサイドがバタバタしてるのはこういうトラブルだと感付いて、向こうなりに埋めようとしてくれる。太賀くんは17歳にして、それがあったんです。きっといい俳優になるだろう、スタッフにも好かれるだろうと思ったし、芝居も的確だった」
 
満を持しての起用は的中。三上を演じた役所広司と見事なアンサンブル。
「役所さんを見ていると、文字で書いていた人物が立体化されて、こういう人物だったかと分かるようなお芝居なんです。あのお芝居を間近で見られたのは、いい体験だったと思います。太賀くんも、役所さんに引き上げられた部分もあると思います」
 

好奇心旺盛 笑顔で食らいつく 音楽賞・林正樹

音楽賞の林正樹とは初めての顔合わせ。「映画をあまりやってない人の方がやりやすい」と、音楽はほぼ毎回違う人と組む。
 「林さんは、音楽プロデューサーの福島節さんに紹介されて、音楽を聴いた時に柔らかくて優しいし、幅が広そうだと思った。今回の音楽はジャンルが広くて、他の音楽家にも提供してもらうつもりでしたが、林さんは好奇心旺盛でやらせてみてくださいと。最初はズレもあるんです。でもどこが違うか伝えると、笑顔のまま果敢に食らいついてこられた。守備範囲や得意分野から外れることを楽しんでいたのではないかと思います。切磋琢磨(せっさたくま)が続く、濃密な時間でした」
 
曲の注文は細かく付ける方だという。「役者の演出よりも、オーダーは細かいかもしれません。作ってもらってからの修正に時間と体力を使います」
 今回は、出だしは「重い映画じゃないよ、面白そうだよ」と躍動感を持って。軸になる劇伴曲は、林のピアノを中心に弦楽曲を加えシンプルに。「語りすぎず熱くなりすぎず、アコースティックで最小限の要素で、主人公の心情を冗舌にならずに伝える」。林にとっても納得のいく仕事となった。「映画音楽は、音楽家にとっても特別な感じがあるのかな。映画音楽への夢があるとしたら、それに応える作品にしていきたいですね」
 

カメラを感じさせないカメラ 撮影賞・笠松則通

撮影賞の笠松則通は大ベテラン。一度組みたいと思っていた。
「笠松さんとご一緒した演出家はやりやすさ、的確さを感じると思う。これみよがしではない、でも『ここかな』とカメラを置くと、『あ、ここしかないですね』という位置で、役者をよく見てる。『もう少しアップがいい』と提案してみるんだけど、『寄ると、あの動きの時にフレームからここが切れますよ』と言うんです。いいと思うサイズにレンズを替えて試したら、笠松さんの言う通り。表現し切れてない。どうしたら映画が捉えられるかを深いところで理解している。カメラを感じさせないところが、すごくいいと思います」
 
監督を中心に、多くのスタッフが力を尽くすのが撮影現場だ。筋彫りの入れ墨が入った肩を出した三上が、ぼんやりと窓の外を眺めるカット。慣れない世間に戸惑いつつも溶け込もうとする心情を表した印象的な場面だが、ここは監督の思いつき。三上が何もしていないカットがほしいと、映画のどこに挿入するか分からないまま、撮影を指示した。

監督の「やってみたい」に応える現場

「あの入れ墨は描くのに3時間かかるので、いつも入れたわけじゃないんです。たまたま入ってた日に雨が降って、天気待ちしている間に撮りたいと言ったら、美術部が大騒ぎし始めた。三上は刑務所から出てアパートで暮らし始めて、少しずつものが増えていく。美術部はその計算をしてたので、『何月何日ですか。分かんないのおかしいです』と。なるべく物が映らない窓辺のアングルとなると『カーテンはあっていいんですか』。あのカットはみんな大好きで、笠松さんの画(え)って感じだねって、うっとりしながら見てました」
 
映画を象徴するカットとなった。
「そこまで考えてたわけじゃないんですけどね。それが撮れるのがいい現場なんでしょう。天気が悪いのも味方にできる、あるもので捉えていけるのが、演出家としての円熟ということなのかな。プランを壊すのは勇気がいるし、周りから何のためにって言われて口ごもったりもする。でも、分からないけど撮ってみたいということに、俳優やスタッフが反応してくれる雰囲気を作っていけると、映画作りは豊かになると思います」
 

ライター
ひとしねま

ひとシネマ編集部

ひとシネマ編集部

カメラマン
ひとしねま

幾島健太郎

毎日新聞写真部カメラマン