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2022.4.03
オンラインの森:「運命のイタズラ」 別荘内 緊迫の36時間
富者と貧者のにらみ合い わかり合うことの難しさ
鉢合わせした空き巣と夫婦
周囲の自然と調和した瀟洒(しょうしゃ)な別荘のプールサイドで、地味な服装で無精ひげを生やした中年男〝ノーバディー〟(ジェイソン・シーゲル)がくつろいでいる。男は建物の中に入るとドアノブの指紋を拭き取って部屋を物色し、ロレックスとひとつかみの現金を手に立ち去ろうとする。そのとき、運悪く別荘の所有者である〝CEO〟(ジェシー・プレモンス)とその〝妻〟(リリー・コリンズ)が帰宅し、3人は鉢合わせしてしまう。
Netflixで3月18日に配信開始された「運命のイタズラ」(原題「WINDFALL」)は、そこから始まるノーバディーと夫婦の36時間を、ほぼ別荘の敷地内だけで描く心理サスペンススリラーだ。
自身が開発したアルゴリズムで莫大(ばくだい)な財産を築き、美しい妻と結婚したCEOは、いわゆる成功者だ。視聴者は3人のやりとりを観察しているうちに、CEOの人間性や、妻が抱えている葛藤やフラストレーション、ノーバディーがプロの犯罪者ではなくリストラされた失業者であることを把握していく。
超富裕層とその妻、搾取される貧困層
この3人は劇中で一度も名前を呼ばれたり名乗ったりする機会がない(ノーバディー、CEO、妻の表記はクレジットに準ずる)。回想シーンの類いは一切なく、お互いを信用していない者同士なので自分のことをそこまで具体的に語らない。別荘という日常から離れた空間なので、彼らがどんな日常を送っている人物なのかもわからない。3人の名前を消し、個性を曖昧にすることで、彼らの属性である〝超富裕層〟と〝妻〟、〝富裕層に搾取される貧困層〟の確執を描くという作り手の意図が見えてくる。
この物語はノーバディーが加害者で夫婦が被害者としてスタートするが、次第に本当の加害者はどちらなのかがわからなくなってくる。そんなつもりはなかったのに、不運によって居直り強盗になってしまったノーバディー。おとなしく50万ドルを渡せばいいのに、徐々に大金が惜しくなり悪あがきをするCEO。弱者に寄り添えているつもりだったのに、社会においては成功者の妻であり搾取する側に見られてしまうことに困惑する妻。ノーバディーが妻に言う「君は善人だが被害者ではない」という言葉に、わかり合うことの難しさを痛感する。
特筆すべきは、ジェシー・プレモンスが演じるCEOの〝クソ野郎〟っぷりである。横柄で、自分以外の人間をすべてバカだと見下し、自分は自分の才能と努力だけで成功したと豪語し、努力しない貧乏人を〝たかり屋〟と罵倒する。「なぜみんな俺に腹を立てるのか?」と嘆くが、アルゴリズムの計算はできても、自分が嫌われる理由はわからないらしい。書き連ねるときりがないので、ひとつだけ。夜、CEOは妻に「やつの懐に入るんだ。手段は問わない」と命じ、先に寝室へ消えて行ったのだ。
コロナ禍で隔離ロケ 閉塞感が好相性
本作の原案は、チャーリー・マクダウェル監督とジェイソン・シーゲルによる。シーゲルは監督の「ザ・ディスカバリー」(2017年)でも主演し、ジェシー・プレモンスは同作でシーゲルの弟を演じている。撮影は20年末から21年初頭にかけて、カリフォルニア州のオーハイで行われた。ロサンゼルスとサンタバーバラの中間に位置するこの小さな町は、ヨガ愛好家やスピリチュアル志向の人に人気の観光地で、ワイナリーも近く、こじゃれたホテルや別荘が点在しているという。コロナ禍でさまざまな制約が課せられる中、安心と安全を感じられる隔離された場所での撮影は、3人のメインキャラクターが閉塞(へいそく)的な空間で追い詰められていく心理サスペンスと、好相性かつ合理的だ。
日中のシーンはカリフォルニアの降り注ぐ自然光を存分に取り入れて撮影し、夜のシーンはまるで世界に3人しかいないような静けさと暗闇の中で展開する。この光と闇のコントラストもまた、彼ら(我々)が生きる世界を象徴する。そこにうっすらと流れ続ける不安定で非調和な音楽が、視聴者の心をざわつかせ続ける。美麗なロケーションを生かした端正なロングショットに時折紛れ込む、モチーフが暗喩的な彫刻や、妻のかばんの中に入っている錠剤、妻の視点で捉える足の甲のタトゥー痕といった、ディテールのクローズアップも効いている。
〝棚ぼた〟を手にするのは誰か
お互いにお互いが一線を越えないように、そして裏切らないようにけん制して監視し合う緊張状態が、勤勉かつ雇い主に忠実な庭師の登場により崩れてしまう。そこからのスリリングな展開と、ある人物の独創的な死に様は、ぜひその目でご覧いただきたい。
原題の意味を辞書で調べると、〝棚ぼた〟〝予想外の大きな収入〟とあった。それを最終的に手にしたのは誰なのか? その人物が手にしたものは何だったのか? その人物が暗闇に消えていく、清濁併せのむラストシーンも含め、説明しすぎずけむに巻かない上品な語り口が、不穏さを保ちながら心地よい余韻を残す。