「三体」より © 2024 Netflix, Inc.

「三体」より © 2024 Netflix, Inc.

2024.3.22

映像の迫力、驚異的物語そろい踏みのA級SF「三体」 〝薄味化〟しても見応え十分:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

川崎浩

SF映画・ドラマの楽しみは、まずは、想像もできない映像の圧倒的な魅力に尽きる。と言いつつも、確固とした説得力を持つ驚異的な物語性こそがSFの根幹であるとも言いたい。簡単に言うと、この両方がそろっていないと、A級SF映画・ドラマにはなり得ない。「2001年宇宙の旅」はじめ古今の名作はすべてそうである。
 
前振りが長くなったが、Netflixで独占配信中の「三体」はその域に達した、映像、物語ともに秀逸なドラマである。まずは、どんな内容かというと……。

 

文革地球外生命体と接触

2008年、中国の作家、劉慈欣(リウ・ツーシン)が出版し、英訳が発表された翌年の15年、英語圏以外の作品で初の「ヒューゴー賞」を獲得した名作「三体」のドラマ化である。邦訳文庫本で600ページを超えるなかなかの大作なのだが、実は「地球往事」3部作の第1部でしかなく、次に「三体 黒暗森林」「三体 死神永生」(オリジナル表記)と続く壮大な物語を構成する。邦訳は19年に出版され、高い評価を得た。「三体」というのは、互いに関係して複雑な動きを行う三つの恒星を持つ惑星のことを指す。
 
さて、あらすじだけでも紙数が足りなくなりそうだ。ザックリだが、書いておこう。
 
中国文化大革命の真っただ中の1967年。ある科学者が「反動的学術権威」としてなぶり殺しの目に遭う。それを見ていた娘は長じて天文物理学者になり、極寒の地に隠れる極秘軍事施設「紅岸」に送り込まれる。なんと「紅岸」は、地球外生命を探索する基地であった。「紅岸」でもわなや裏切りに遭い続けた娘は、とうとう自力で異星人とコンタクトを取ってしまう。四十数年後の現代、世界的科学者の不審死が相次ぐ。彼らは知能の高い人間しか参加できないオンラインVRゲーム「三体」を体験した者ばかりだった。その裏には何が隠されているのか……。
 
このドラマ版では、現代シーンの舞台を中国から英国に移し「オックスフォード・ファイブ」と自称する多国籍の研究者5人がその謎解きに迫っていく。

 

「ゲーム・オブ・スローンズ」制作陣が実力発揮

何とも壮大で時間・空間の広がりが半端でなく、加えて天文学や数学の専門用語が飛び交い、さらにVRゲームまで登場するのだから大変。ついて行くのも危ういと思いきや、人気ドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」の制作陣とあって、実にスムーズに話を展開させる。600ページを8話にまとめるのだから、物語の簡略化は仕方がない。その分、原作の持っていた重厚さや格調、複雑さは薄れる。それに代わって楽しませてくれるのが、映像の迫力である。現代VFXの文脈上だと言えば言えようが、想像を超えるビジュアルイメージが連発される。中世欧州風味のファンタジー「ゲーム・オブ・スローンズ」を名作たらしめたのは、この「映像力」が大きい。
 
「ゲーム・オブ・スローンズ」成功の理由がもう一つあるとすれば、「おとぎ話」をまじめに演じた役者の力である。それは、この「三体」にも当てはまる。セリフは難しいし、会話内容は本当にシリアスである。多国籍コミュニケーションも大ごと。特に重要な意味を持つVRゲームのシーンなど、役者には何にも分からないわけで、それらを細大漏らさず伝わるように演じる力量に大拍手である。
 
マーケティング戦略として多国籍チームを主役にしなければならないし、中国の描き方はやっかいだし、原作からあまり離れると批判されるし……と制作上の問題山積も手に取るように分かる。それを乗り越えてエンターテインメントドラマにしたところは、スタッフもキャストも十分評価されよう。

 

文革後の中国の軋み迫れたか

しかし、いくつかの問題点も明確にせねばならない。前述した通り、設定のグローバル化など原作の改変による薄味化と展開の速さは気に掛かる部分である。原作の「三体」より、ドラマの方が先に進むし、「オックスフォード・ファイブ」に続編の登場人物まで詰め込み、原作を読んだ人には混乱を招く。「カメオ」なのか、続編を期待させるためなのか……。
 
それと、この物語は「中国史」を抜きにしては、本質を見抜きづらい。つまりドラマの「グローバル化」が裏目に出る危険性があるということを指摘したい。
 
まずは「文化大革命」の理解である。科学も文化芸術も宗教も、すべて政治思想の「下部」概念であるという前提で行われた「文革」は、ある意味、中国の発展を阻害したと言えよう。その後、政治体制の変容が起きて、西側社会よりよっぽど資本主義的ではないかというほどの経済発展が始まる。と同時に、「文革」で立ち遅れた分野での回復が急激に行われた。
 
宇宙開発も一気に進んだ。現代中国の抱える問題は、この40年の変化が発する軋(きし)みのようなものではないか。原作者の劉慈欣も、3部作のプロローグとも言える「三体」に関しては、そこをテーマにしたと推察できる。父を「文革」で殺された娘が「仮想敵」とした「愚かな地球人」という「復讐(ふくしゅう)」のスタートラインが、グローバル化によって、曖昧になるのではなかろうか。ま、原作からも20年近くたってしまい、状況はさらに複雑になったが。
 
昨年、本国で放送・配信され、WOWOWオンデマンドで鑑賞可能な中国版ドラマは30話あり、かなり原作に忠実である。こちらの方が暗黒の中国史を体温を伴って描き切っている。役者もうまいし、VRゲームシーンもユニークである。ただ、国際的なシーンはアメリカ版に軍配が上がる。また、30話は重すぎると思う人も少なくなかろう。筆者的には原作含め「三体」そろってお薦めである。

「三体」はNetflixで独占配信中

ライター
ひとしねま

川崎浩

かわさき・ひろし 毎日新聞客員編集委員。1955年生まれ。音楽記者歴30年。映像コラム30年執筆。レコード大賞審査委員長歴10回以上。「キングコング対ゴジラ」から封切りでゴジラ体験。