東京国際映画祭で東京グランプリに「ザ・ビースト」が選ばれ、代理でトロフィーを授与されたアルベルト・カレロ・ルゴ(中央)。左は小池百合子東京都知事、右は審査委員長のジュリー・テイモア=宮間俊樹撮影

東京国際映画祭で東京グランプリに「ザ・ビースト」が選ばれ、代理でトロフィーを授与されたアルベルト・カレロ・ルゴ(中央)。左は小池百合子東京都知事、右は審査委員長のジュリー・テイモア=宮間俊樹撮影

2022.11.10

第35回東京国際映画祭 粒ぞろいのコンペ、多数の来日ゲスト。熱気届かぬもどかしさ

第35回東京国際映画祭が始まります。過去2年、コロナ禍での縮小開催でしたが、今年は通常開催に近づきレッドカーペットも復活。日本初上陸の作品を中心とした新作、話題作がてんこ盛り。ひとシネマ取材陣が、見どころとその熱気をお伝えします。

勝田友巳

勝田友巳

コロナ禍から脱しつつある中で開かれた、第35回東京国際映画祭(10月24日~11月2日)。開幕時のレッドカーペットが復活し内外のゲストも多く訪れ、お祭りらしいにぎわいが戻ってきた。コンペティション作品もなかなかの粒ぞろいで、東京グランプリはじめ3冠を制した「ザ・ビースト」は高い完成度だった。

しかし、盛り上がったのは会場の中だけ。一歩外に出ると、雑踏にまぎれて映画祭の影はたちまち薄くなる。安藤裕康チェアマンは就任以来、大胆な改革を進めてきたが、その成果と、もどかしさも感じた映画祭だった。


「ザ・ビースト」© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E, Le pacte S.A.S. 
 

盛り上がりも外に波及せず

日比谷、有楽町、銀座地区に会場を移して2年目。今回はTOHOシネマズ日比谷や丸の内TOEIといった500席規模の上映会場が加わって、総客席数が増加。上映本数は169本とコロナ禍前に近づき、観客動員は5万9000人と昨年からほぼ倍増した。
 
上映作品には、無名監督による世界初披露作品も多かった。誰も見たこともなければ評判も流布していない、未知の映画。誰が見るのかと思いきや、大きな劇場での平日午前中の上映が満席に近くなり、上映後の質疑応答では盛んに手が挙がる。遠方から泊まりがけで来たという観客もいて、映画ファンの熱意はヒシヒシと感じられた。
 
ただ、その熱気が広く伝わらない。規模は大きいのに、日本の中でも海外でも存在感が薄いのは、東京の長年の課題だ。理由の一つには、会場の問題があげられるだろう。以前の渋谷、六本木と比べれば上映会場が集中し改善されたとはいえ、この地域も東京のど真ん中、有数の繁華街だ。
 
開幕上映があった宝塚劇場は映画祭らしい雰囲気だったが、ここも宝塚歌劇団の公演がない月曜日しか使えない。既存の施設を間借りしていては、いくら華やかに飾っても目立たない。カンヌやベルリン、ベネチアなど専用施設を持つ国際映画祭が、周辺を映画祭一色に染めるのとはほど遠い。


オープニングに登場した「窓辺にて」の(左から)今泉力哉監督と俳優の中村ゆり、稲垣吾郎、玉城ティナ=北山夏帆撮影

スター偏重の映画界、メディア

映画祭への関心が集まらないのは、「スター」の不在も理由だろう。アジア重視、若手応援を掲げれば必然的に国際的に知られた顔は少なくなり、報道露出も限られる。日本での映画祭報道がゴシップ的な芸能ニュースに偏りがちなのはメディアの問題でもあるが、社会全般の映画への関心の持ち方や位置づけを反映してもいるのだ。
 
また、管理の行き届いた運営は海外ゲストを感嘆させる半面、しゃくし定規にも映る。映画人同士が対談する「交流ラウンジ」は、顔ぶれも豪華だし内容も濃いのに、一般向けに開放されず、存在感はもう一つ。上映後の質疑応答は時間が短く通訳を介することもあって、質問できるのは2、3人がやっと。貴重な交流の機会を、もう少し増やす工夫があってもいいのではないか。


期間中に開かれた「TIFFティーンズ映画教室トークショー」©2022TIFF


充実のコンペティション部門

もっとも、国際映画祭の存在感を決定するのは、なんといっても上映作品だ。特にコンペティション部門は目玉となる。安藤チェアマンも「映画祭の一丁目一番地」と位置づけ、プログラミング・ディレクターを市山尚三に交代、質の向上を図ってきた。
 
世界中の映画人が作品披露の舞台を選び、映画祭は優れた作品を取り合っている。その中で良作を発掘し優れた才能を後押しすることが、「絶対参加」リストの上位に位置づけられる条件だ。後発で評価の高まらない東京は、苦戦を強いられてきた。
 
今回のコンペ選出作品は15本。総じて「ハズレ」のないラインアップだった。英語が主体の作品が1本もなく、日本でも人気の中国、韓国の映画もゼロと地域的な偏りはあったものの、「どうしてこれが?」と首をひねるような映画はなく、たとえ完成度は低くても独創性や挑戦が感じられた。東京フィルメックスの作品選考を長く担当し、プロデューサーとしてジャ・ジャンクー監督らアジアの才能を発掘してきた市山のカラーが感じられた。
 
米国の演出家・監督のジュリー・テイモアを委員長とする審査委員が選んだのは、スペインのロドリゴ・ソロゴイェン監督による「ザ・ビースト」だった。東京グランプリのほか、最優秀監督賞、同男優賞(ドゥニ・メノーシェ)と3賞を贈られた。スペインの農村を舞台とした心理スリラーに、小さな共同体に潜む経済格差や外国人排斥、人間の狭量さなど多くのテーマを盛り込んで、物語も表現も意欲的で見応えのある作品だった。


 最優秀男優賞のドゥニ・メノーシェはビデオメッセージで喜びを語った=宮間俊樹撮影

最高賞「ザ・ビースト」 秀作だったが……

審査委員特別賞の「第三次世界大戦」は、イランで撮影中のホロコースト映画という意外な設定の中に、社会的不平等が引き金となる暴力を描いた。最優秀芸術貢献賞の「孔雀の嘆き」はスリランカの人身売買を題材に、発展途上国で広がる格差に苦しむ人たちの葛藤と倫理を活写していた。アリン・クーペンヘイムが同女優賞を獲得した「1976」では、ピノチェト政権下のチリで反政府活動家の青年をかくまったブルジョア女性が体験する、独裁体制の圧迫感を直接的描写なしに描き出した。
 
どれも納得の結果ではある。しかし「ザ・ビースト」に3賞は集中しすぎの感が否めない。テイモアが「レベルが違う」と絶賛、「映画祭だからと賞を分け合うのは不誠実だ」と説明し、その見識も理解できる。しかし一方で映画祭は、作品に箔(はく)を付けて世界に送り出す場でもある。多くの作品に光を当てても良かったのではないか。
 
現代社会の人間関係を風刺したミルチュ・マンチェフスキ監督のコメディー「カイマック」、記憶喪失の男の帰郷により小さな共同体がゆさぶられる、アクタン・アリム・クバト監督の「This Is What I Remember」。あるいはテイモアも「気に入った」という、ベトナムの「輝かしき灰」。3人の女性主人公とそれぞれの男性関係を描いた文芸調の作品で、森の中で燃える家の映像が繰り返し使われ、奥行きのある佳作だった。いずれも一般公開にも堪えそうで、審査委員の顔ぶれが違えば賞を得ただろう。上映機会が今回限りになるのは惜しい。
 

 観客賞を受賞した「窓辺にて」©2022「窓辺にて」製作委員会

日本映画の可能性と現在

日本映画は3作がコンペ入り。例年〝指定席〟は2枠だったが、日本で開催する日本を代表する映画祭。日本映画を世界に後押しする上で、今回が多すぎたと言うことはないだろう。
 
福永壮志監督の「山女」は江戸時代の山村を舞台に、家父長制に支配された共同体の圧迫を描いて現代に通じる。今泉力哉監督の「窓辺にて」は、恋愛の機微を繊細に解きほぐした。「エゴイスト」で松永大司監督は、切ない同性愛を精査した。
 
いずれも良くできていたものの、今回の賞レースの中では分が悪く、受賞は「窓辺にて」の観客賞にとどまった。身近な人間の感情を丁寧に見つめ描写するという点では優れていても、政治的圧迫や深刻な経済格差など、抜き差しならない問題を背景にした他の作品と並べると迫力に欠ける。良くも悪くも、日本映画界の現在地を示していた。

ザ・ビースト

スペインの農村に移住して農業を営むフランス人の主人公が、隣人の悪意にさらされ対立を深めてゆくサイコスリラー。
©Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E, Le pacte S.A.S.

第三次世界大戦

イランで撮影しているヒトラー映画のセットで、路上生活者のシャキーブが下働きの仕事を得る。数あわせのエキストラにかり出されると監督の目に留まり、急病で倒れた俳優の代わりにヒトラー役を演じることになった。セットの建物に寝泊まりするシャキーブの元に助けを求めてくるのが、ヘジャーズィ演じる、ろうの売春婦ラーダンである。

孔雀の嘆き

スリランカ映画。貧しい少年が妹の手術費を稼ぐために、違法な養子あっせんに手を染める。
第35回東京国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を授賞。

©Sapushpa Expressions and Pilgrim Film

窓辺にて

フリーライターの市川茂巳(稲垣吾郎)は、編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が担当している売れっ子小説家と浮気しているのを知っている。しかし、それを妻には言えずにいた。また、浮気を知った時に自分の中に芽生えたある感情についても悩んでいた。ある日、とある文学賞の授賞式で出会った高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)の受賞作「ラ・フランス」の内容に惹かれた市川は、久保にその小説にはモデルがいるのかと尋ねる。いるのであれば会わせてほしい、と…。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。