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2024.11.26
購買意欲はこうして操られる。その手法と闇に斬り込んだドキュメンタリー映画「今すぐ購入」
アマゾンを彷彿(ほうふつ)とさせる巨大ネット売買企業の配送現場を舞台に、eコマースと流通が抱える諸問題を背景にした映画「ラストマイル」がロングランヒットになっている。さらにNetflixからも、ブラックフライデー間近のタイミングで、eコマースの闇深くに斬り込み、物議を醸す意欲に満ち満ちた挑戦的な映画が配信された。
タイトルは「今すぐ購入: 購買意欲はこうして操られる」。われわれ消費者が、いかにたやすく操作され、買い物漬けにされているかを告発するドキュメンタリーである。
あの手この手で、少しでも多く買わせようとする企業側
「今すぐ購入」に類するボタンを、大手のネットショッピングサイトで見たことはないだろうか? 筆者はワンクリックでモノが買えてしまうとしても、必ず一度はカートに入れるようにしているし、ネット決済する際に最後にダメ押し確認してくれないサービスには、えたいのしれないコワさを感じて警戒してしまう。
すべてが大量消費、大量購買をさせようとする大企業の責任だと言っているわけではない。一種のわなだとわかった上でネットショッピングとは付き合っているが、自分自身がちゃんと立ち向かえるようには思えない。つまり自分が信用できないのだ。
どれだけ用心していても、深夜に懐かしい映画のBlu-rayをポチってしまい、届いてみたらすでに一枚持っていたなんて失態はよくある。さすがに自業自得だと思うので、友だちに貸せるストックができたと自分を納得させて気持ちの整理をつけている。
しかし、このドキュメンタリーの視点はもっとデカい。ささやかだが無辺物な買い物を、ひとつでも多く注文させようとする企業側の緻密な戦略と、われわれ消費者の小さな選択がチリのように積もって山となり、過剰な大量生産、大量販売、大量廃棄を生み出し、われわれの生活と地球の自然環境を圧迫していく様を、専門家たちが懇切丁寧に教えてくれるのだ。
専門家たち、というのは、まさにひとつでもモノを多く売るためにマーケティングの最前線で活躍していた世界的大企業の元社長や社員たち。つまり、われわれ庶民をカモにするエキスパートだった人たちである。
かといって、今後はフェアトレードの商品しか買わないとか、ファストフード、ファストファッションと一切関わらないとか、なんらかの形で害をなすものをすべて排除するのは現実的じゃない。
むしろ日々の生活にあえいでいる庶民であるほど、「かつての悪行を反省した元搾取側の人間たち」が鳴らす警鐘を、「余裕のあるひとのぜいたく」だととらえて拒否反応を示すのではないか。特に昨今の世相の荒れ具合を見ていると、「正しい」が人を動かすとは限らない、と思い知ることばかりだからだ。
大事なのは情報のリテラシーを育むこと
しかし「正しい」ことがもはや「強い」を意味しないからこそ、誰かがなんとかして守っていかねばならない。そのひとりになれるのか否か?を自分に問いかけるためにも、非常に有益なドキュメンタリーだと思う。わざわざ情報量過多な演出で人をけむに巻くような作りも、あえてわれわれの思考力を試しにきている。
ちなみにこの映画が暴き出す「人間の欲望を刺激し消費活動を奨励するディストピア社会」は、ハル・ハートリー監督が2005年のSF映画「月曜日から来た女」で描いていた未来社会に酷似している。以前ハートリーに(ひとつの映画に限らず)「なぜ予言的な作品を作れるのか?」と質問したところ、「予言的と言うけれど、どれも当時の新聞やニュースで得られた情報ばかりだよ」と意外そうに答えてくれた。
今はさらに情報が氾濫している時代だが、われわれ自身が情報のリテラシーを育むことがやすやすと「だまされない」消費者になるための第一歩なのだろう。
Netflix映画「今すぐ購入:購買意欲はこうして操られる」は独占配信中。