「シェルタリング・スカイ」 ©The Sahara Company Limited & Tao Films SRL.1990

「シェルタリング・スカイ」 ©The Sahara Company Limited & Tao Films SRL.1990

2023.4.14

坂本龍一さんの映画の旅のヒトコマ - ヤクザ映画の記憶から世界の名匠へ

音楽家、坂本龍一さんが2023年3月28日、咽頭(いんとう)がんのため、71歳で亡くなった。映画音楽の作曲家として俳優として、映画界にも多くの足跡を残してくれた。その功績をしのびます。

熊谷朋哉

熊谷朋哉

世界中の人が、その音楽と作品を知っている

2008年、坂本龍一さんにお会いするためにNYに飛んだ。そのフライトの途中、隣の人が本を取り出して読みだした。ベルナルド・ベルトルッチが映画にしたポール・ボウルズ原作「シェルタリング・スカイ」のペーパーバック版だった。周知の通り、坂本さんはそのサウンドトラックを担当している。
 
思わず私は話しかけたくなった。
 
「ねえねえ、俺さ、その本の映画で音楽を書いた人にこれから会いに行くんだぜ。信じられるか? いや、実は、俺も信じられないんだけどさ笑」
 
……さすがに実際に話しかけることはしなかったが、ベルトルッチ映画の音楽を担当するとはそういうことだ。世界の人が、その音楽と作品を知っている。
 
こんなこともあった。この時は坂本さんとお会いしない時だったと記憶するが、JFK空港からマンハッタンへのイエローキャブのラジオから、坂本さんの「美貌の青空」をサンプリングしたTrey Songzの「Can't Be Friends」が流れてきたこともあった。
 
NYには坂本さんがいる。文字通りに、巨大な存在として。これがどれだけ頼もしく感じられたことだろう。
 

学生時代のアジ演説を再現

筆者は書籍の編集に携わっている。その業務の中で、幸運にも、いくつか坂本さんとお仕事をご一緒にし、その中で親しくお話しさせていただく機会があった。
 
誰もが言うことであるが、坂本さんは大変に気さくな方だった。誰にでも、その人に応じたものを返してくれる。あらゆる人、あらゆることに対応できる知識と関心と話題の広さと頭脳の回転、そして心遣い。世界で最も成功した芸術家のひとりでありながら、いや、だからこそなのか、大変に優しく、そして強い方だった。
 
あれは2009年、イタリア、レッジョエミリアのコンサート前のことだった。楽屋にふたりで居る時に、坂本さんが学生時代のアジ演説を再現してくれたことがある。手をたたいて笑って喜ぶ私、ね、うまいでしょ?と、ちょっと得意そうな坂本さん。
 
ベルトルッチの映画のためもあるだろう、イタリアでのリューイチ・サカモトの人気はすさまじい。客席はサカモトを待ち焦がれるお客さんでいっぱいだった。そんな文字通りのスーパースターが、ここで私などを笑わせてくれていていいのだろうか? 一瞬だけそんな疑問が頭をよぎったものの、人を楽しませるのが上手な坂本さんはさらにいろいろなモノマネを繰り出してくれる。面白かった。そんな演説を繰り返していた学生時代のことを、いとおしそうに語ってくれるのだった。
 
あの日のあの笑いと空気と坂本さんと、そして坂本さんの肩越しの窓から見えたあの街の光景を、私は生涯忘れることがないだろう。
 

東映ヤクザ映画から世界の名匠たちへと

坂本さんは学生の頃、東映ヤクザ映画をよく見ていたらしい。時期的には実録ものが出てくる前の頃であろう。学生運動やアルバイトの合間にヤクザ映画を見て、仁義、任俠(にんきょう)、情念の世界にどっぷりつかっていたと。
 
ヤクザ映画をあまり知らなかった私は、それが当時どのような意味合いだったのか、やぼな質問を投げてしまった。
 
坂本さんの回答は明快だった。「それはもちろん前近代の美学とヒロイズムへの憧れですよ。あれがあの頃カッコよかったの」
 
坂本さんの映画の旅は、東映ヤクザ映画から、その後、誰もが知るとおりにベルトルッチ、アルモドバル、デ・パルマ、イニャリトゥといった、文字通り世界の巨匠たちの作品群へと続いていった。その中で坂本さんは変わったのか? 
 
大きく変わったとも言えるし、社会との向き合い方も含めて、全く変わらなかったとも言うことができるだろう。その旅は、とても見事なものだったと私には見える。
 
その長い旅の途中で、坂本さんは、ほんの少しだけ、しかしそこに乗り合わせた者にとってはとても大きな思い出を与えてくださった。心からの感謝をささげたい。そしてお疲れさまでした。本当にありがとうございました。
 
ちなみに私が最も好きな坂本さんの映画音楽はイニャリトゥ「レヴェナント〜蘇えりしもの」(2015年)である。あの気迫、集中力。坂本さんの最高傑作のひとつだと思う。

「レヴェナント: 蘇えりし者」 © 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights 

「シェルタリング・スカイ」、「レヴェナント: 蘇えりし者」ともにU-NEXTで配信中。

ライター
熊谷朋哉

熊谷朋哉

プロデューサー/編集者/株式会社スローガン代表取締役。
編著書に「YELLOW MAGIC ORCHESTRA x SUKITA」、「デヴィッド・ボウイ・アーカイヴ」、「who's BAD? マイケル・ジャクソン 1958-2009」、「四代目市川猿之助」、「MIYAVI x SUKITA」、「PLASTICS - 情報過多」、「坂本龍一+編纂チーム編 いまだから読みたい本―3.11 後の日本」、「JULIE by TAKEJI HAYAKAWA 早川タケジによる沢田研二」等多数。
https://www.slogan.co.jp

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